全 情 報

ID番号 03607
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 グリコ協同乳業事件
争点
事案概要  事務系の業務に従業してきた大学卒の従業員に対するセールス系の職務への配転の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法90条
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
裁判年月日 1972年2月14日
裁判所名 松江地
裁判形式 判決
事件番号 昭和44年 (ヨ) 58 
裁判結果
出典 労働民例集23巻1号25頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 労働者の勤務場所は労働契約の要素であるから、会社がすでに労働契約の内容となつている勤務場所を変更するためには、労働者の同意を必要とし、その同意を欠く一方的な転勤命令は労働契約に反し、無効であるというべきである。そこで、労働契約において勤務場所が明確に特定されている場合は別として、これが明らかでない場合には、労働者の入社資格、入社時の事情、会社における地位・職種、会社の規模・事業内容など及び労働慣行によつて労働契約の内容となつている勤務場所がどこか、あるいはどの範囲かを決するほかない。そして、大学卒業の資格で入社し、将来会社の幹部職員となることが予定されているような場合には会社の事業所が各地に点存していても、その全部が労働契約上の勤務場所と解することも可能である。問題は、会社が合併した場合に、労働契約の内容となつている勤務場所がどのような影響を受けるかということである。会社の合併により経営規模が拡大し、事業所が増え、営業活動が地域的にも広範囲にわたることになつた場合において必然的に人事交流が要求されることになるが、この場合旧会社当時の労働契約の内容となつていた勤務場所の範囲に全く変更がないと解するのは、あまりにも会社の合併による事情の変更を考慮しない考え方といわざるを得ない。もつとも、勤務場所につき労働契約により明示して特定されている者あるいは明示されていなくても中学卒業者で工員・作業員として現地採用され転勤など全く予定されていなかつた者などについては会社の合併により勤務場所が変更されるものではない。しかし、勤務場所につき右のような特定がなく会社における地位・職種などから労働契約上の勤務場所が広範囲であると解せられている労働者の場合には、会社の合併により労働契約上の勤務場所は当然変更を受け、合併後の会社における地位・職種、会社の規模・事業内容など及び労働慣行により改めて労働契約の内容としての勤務場所の範囲が定まると解するのが相当である。
 このような考え方に立つて本件についてみるに、申請人は前記認定のとおり大学卒でA会社では主任(又は主任待遇)の地位にあり労働契約上の勤務場所が特定されていた者でもなく、合併後の被申請人においても将来中堅幹部職員になりうるものと目され、広域人事の対象とされていた者であるから、被申請人における労働契約上の勤務場所は、全事業所がその範囲内であるかどうかは別として、少なくとも中国事業本部(中国事業部及び山陰事業部)内の事業所はその範囲内であると解すべきであり、したがつて、本件転勤命令はその範囲内での転勤を命ずるものであるから、労働契約に反するものではないといわなければならない。
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
 申請人は中国事業部に配置転換前は事務系統の職種に、そして配転後はセールス系統の職種に従事していることが認められる。 ところで労働者は労働契約で特定された職種にのみ従事する義務を負い、使用者は当該労働者の承諾その他これを根拠づける特段の事由なくして恣りにその範囲を逸脱することは許されないと解するのが相当である。
 A会社は申請人の前歴からみてその有する経理能力を高く評価して採用し、経理業務に従事させていたものと推認される。しかしながら、申請人の労働契約の内容たる職種は経理事務のみに特定されていたとは認められないうえ、本件転勤命令には申請人を今後幹部社員として飛躍せしめる目的をもつてマーケッテイング・セールスの業務の勉強が必要との考慮が加えられており、配転後の新職務も単なる商品の販売という機械的・肉体的な要素の多いものとは異なつて、むしろ高度の知的・精神的能力を要する職務と考えられ、この点では従前の経理事務とはいくらか異なつた面があるとはいえ、なお労働契約上の職種の変更があつたとまでは認めることは出来ない
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の限界〕
使用者が業務上の必要に基づき労働者に転勤を命ずる場合、労働者の生活関係に重大な影響をもたらすので、業務上の理由に基づく転勤命令であるからといつて無制約に許されるものと解すべきではなく、右権限の行使はそれがもたらす結果のみならず、その行使の過程においても労働関係上要請される信義則に照らし、当然に合理的な制約に服すべきものであり、その制約は具体的事業において業務上の必要の程度と労働者の生活関係への影響の程度とを比較衡量して判断されなければならない。これを本件についてみると、前記二ならびに右に認定のとおり被申請人は母の病状について充分調査を尽し、これが申請人の本件転勤に支障をきたすものではないと判断しながら、申請人が母の見舞に帰れるよう特に前記のような便宜をはかつたこと、本件転勤命令が出された昭和四四年三月頃申請人の母の病状は軽快に向つており、同じ大田市内には申請人の弟夫婦が居住しているので、母の看病を父及び弟夫婦に託し、申請人が妻を伴つて転勤できない状態ではなく、本件転勤命令が夫婦別居を強いるものであるとはいいがたいこと、父の経営難あるいは住宅増築による借財は申請人一家の経済を圧迫しており、転勤による二重生活がこれに拍車をかけることが窺われるが、前掲疎甲第四二号証によれば申請人の父Bには申請人及び右画家の次男の他、繊維問屋に勤めている三男並びに建築士の四男が居り右息子等の援助をあおぐことも不可能でないことが認められるので、そのことから直ちに申請人に対するすべての転勤命令が許されないとすることはできないなどの諸事情を考慮すれば、本件転勤命令は申請人の生活に耐え難い犠牲を強いるものとはいえない。又前記二で認定のとおり、本件転勤命令を発するに至つた経緯、申請人ならびに組合との折衝経過、被申請人が提案した条件等を総合勘案するならば、被申請人側に等に誠意に欠け、信義則に反すると認むるに足りる事情は見当らない。