全 情 報

ID番号 03687
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 新潟鉄工所事件
争点
事案概要  全国採用の大学卒技術系労働者で地方工場勤務の者に対する、本社営業部のセールスエンジニアへの転勤命令につき、これを有効とし、右命令拒否を理由とする懲戒解雇も有効とされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
裁判年月日 1971年7月27日
裁判所名 前橋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和44年 (ヨ) 130 
裁判結果 却下
出典 労働民例集22巻4号673頁
審級関係
評釈論文 渡辺裕・ジュリスト516号153頁
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の限界〕
 使用者がその雇傭する労働者に対し、労働場所や労働の種類、内容を変更するいわゆる配転命令をなすには、当該使用者と労働者との間に、労働者が使用者に対し配転の権能を委ねる旨の合意がなければならない。その合意は、労働契約締結の当初から労働契約の一部として存在する場合もあるし、事後に成立する場合もある。また、明示的に合意がなされる場合もあるし、明示の合意がなくとも当該企業における慣行、労働協約、就業規則の定めなどによつて黙示的な合意があると認めるべき場合もある。
 全国各地に多数の支店、営業所、工場等を有する大企業においては、いわゆる全国採用の大学卒業者は通常の場合将来管理職に就くことが予想されているのであり、このような者については特段の事情がない限り、本店、支店、営業所、工場等の相互間の転勤につき、たとえ当該使用者と労働者との間に明示の合意がなくとも、その権能を使用者に委ねる旨の合意が労働契約締結時に黙示的になされていると考えるべきである。次に労働の種類、内容については、通常は事務労働、技術系労働、筋肉労働等のおのおのの範囲内での職種の変更に関してはその権能を使用者に委ねる旨の合意があると考えられるが、さらにこれをいわゆる全国採用の大学卒技術系労働者の場合について考えてみると、当該労働者が従来その学歴、職歴によつて得た技術上の専門的技能を全く生かすことができなくなるような職種への変更については普通は合意が成立していないであろうけれども、技術系労働の職種からその労働者の技術上の専門的知識、技能を生かすことができる事務系労働、例えば技術上の知識経験が必要とされる営業部職員(いわゆるセールス・エンジニア)への職種の変更に関してはその権能を使用者に委ねる旨の黙示的合意が成立している場合が多いと考えられる。ことに近時大学院課程以上の学歴のある技術系労働者が増加しているので、高度に専門的な技術上の研究はこれらの者になさせ、単なる大学卒の技術系労働者についてはその専門的知識、技能が特に高度のものといえなくなつて来ていることからその職種をそれほど厳格に限定しないのが労働契約当事者の通常の意思であろう。
 以上の一般的考察のもとにこれを本件について検討するに、申請人が国立A大学工学部機械科を卒業したことは当事者間に争いがなく、証人B、同Cの各証言および申請人本人尋問の結果によれば、申請人は高崎工場で現地採用されたものではなく会社規模で全国から募集されたいわゆる全国採用者であること、被申請人会社としては全国採用の労働者については転勤のあることを予測させているものであり、申請人自身も労働契約締結時に転勤のあることを予想していたこと、組合も同様の見解であつたことが一応認められ、証人D、同Bの各証言によれば、被申請人会社では定期的人事異動を行なつており、高崎工場設計課においても同課で設計に携つていた者が転勤して設計以外の業務に従事するに至ることがかなりあり、しかもそのうち相当数は営業部門への転勤であることが一応認められ、いずれもこれに反する疎明はない。また、成立に争いのない疎甲第二号証によれば、被申請人と組合との間の労働協約はその第三章人事、一六条一項において、「業務の都合により、組合員を他の事業所へ転勤又は他の職種へ転職若しくは同一事業所内の他の職場へ移動させることがある。」と規定していることが認められる。そして本件転勤は、高崎工場設計課から本社車両事業部建設機械営業部への転勤であるから、その内容を、高崎工場から東京本社への労働場所の変更と、設計課における技術系労働(具体的には前記三で認定したとおりアスフアルト・プラントの機器の設計)から建設機械営業部における事務系労働(具体的には前記三で認定したとおりアスフアルト・プラントに関する設計に関する知識、技術を生かす営業販売活動)への職種の変更とに分析することができるが、前記認定した諸事情のもとにおいては、労働場所の変更、職種の変更のいずれについても、少くとも本件転勤における程度の範囲内の変更に関しては、申請人と被申請人との間に、その権能を被申請人に委ねる旨の少くとも黙示の合意があつたと一応認めることができ、これに反する疎明はない。したがつて、被申請人の申請人に対する本件転勤命令は正当な権限に基くものであり、申請人にはこれに従うべき労働契約上の義務がある。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 六、懲戒解雇処分の妥当性
 前記四、五、に認定したところによれば、申請人が本件転勤命令を拒否したことは、前記労働協約三二条三号および就業規則七九条三号の「職務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序をみだし、又はみだそうとしたとき。」に該当すると考えるべきである。疎甲第二号証および疎乙第三号証によれば、労働協約三二条本文および就業規則七九条本文に、右の場合の処分として「出勤停止又は懲戒解雇に処する。ただし、情状によつては、減給又は譴責にとどめる」と規定され、労働協約三〇条一項三号および就業規則七七条五項に、出勤停止は七日以内と規定されていることが認められる。しかしながら、申請人の本件転勤命令拒否は決して軽微な業務命令違反と考えることはできず、これを譴責、減給ないしは七日間の出勤停止程度の懲戒処分にとどめるとすれば、被申請人会社の人事面における企業秩序に重大な悪影響が及ぼされるであろうことは想像に難くない。証人Bの証言によれば、被申請人会社の人事部長である同人も同様の認識を有していたことが認められる。してみれば、申請人に対し前記四種の懲戒処分のうち懲戒解雇処分を選択したことは妥当であると認めることができ、これを重きに過ぎる処分ということはできない(なお、退職願提出のために七日間の猶予期間が与えられたことは前記五、のとおりである)。