全 情 報

ID番号 03912
事件名 賃金支払仮処分申請事件
いわゆる事件名 株式会社書泉事件
争点
事案概要  労働者が約二年間にわたる無期限ストを敢行した後、同スト終結からさらに六年近くを経過して就労の申入れをしたのに対して使用者がその申入れを拒絶して就労させなかったためこれを不当として賃金の支払を求めた事例。
参照法条 労働基準法3章
民法536条2項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権
裁判年月日 1988年1月19日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和61年 (ヨ) 2241 
裁判結果 一部認容
出典 時報1267号148頁/労働判例511号53頁/労経速報1319号3頁
審級関係
評釈論文 三宅正男・判例評論356〔判例時報1282〕228~233頁1988年10月1日/山川隆一・ジュリスト944号141~144頁1989年11月1日/大喜多啓光・裁判実務大系〔18〕―国家賠償訴訟法325~336頁1987年3月
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-就労拒否(業務命令拒否)と賃金請求権〕
 民法六二四条によれば、労務者は労務を終わった後でなければ報酬を請求することができないのを原則とするが、他方、労務者が債務の本旨に従った履行の提供をしたにもかかわらずその受領が拒絶された場合には、労働そのものの性質上受領遅滞の観念を容れる余地がなく、右履行の提供とともに履行不能となるべきものであり、そしてその不能が使用者の責に帰すべき事由によるときは、同法五三六条二項により労務者はなお反対給付たる報酬(賃金)請求権を失わないと解すべきである(大審院大正四年七月三一日判決、民事判決録二一輯一三五六頁参照)。
 (中略)
 労働者が右の如き適法な履行の提供をしたのに対し使用者がその受領を拒絶したときは、労務がその提供とともに履行不能となるべきことは前記のとおりであるが、使用者側の右受領拒絶につきその責に帰すべき事由があるといいうるか否かについては、さらに別途判断する必要がある。本件においては、前認定のとおり債権者らは、右の就労申入れと前後する同年三月及び同年四月中にも依然として債務者会社の営業中の店前で抗議集会を行っており、昭和五三年以来の前認定のとおりの争議の経過に照らして考えると、債務者において、債権者ら組合員による右抗議集会を営業妨害行為を継続する意思の表れとみて、その再発を危惧し、右の如き就労の申入れも真実就労の意思に基づくものと信ずることはできないとしてこれを拒否したことには、無理からぬところがあるというべく、債務者の右就労の拒否をその責に帰すべき事由によるものということはできない。
 しかしながら、前認定のとおり、債権者らは昭和六一年四月以降も一貫して就労の申入れをしてきたところ、その後同年一〇月一六日の団体交渉に至って、ストによる損害賠償請求事件の裁判の終結を待たず、その進行と併行して暫定就労につき具体的条件の話合いをつめる旨の労使間確認がなされ、これにより遅くとも同年末までには右暫定就労についての交渉が決着し、翌年初から職場復帰が実現するものと客観的に期待される状況にあったが、にもかかわらず、債務者においてその後右裁判の終結が就労の前提であるとの主張を蒸し返したため、右暫定就労の具体的条件についての話合いが妥結を目前にして再び暗礁に乗り上げるに至ったものである。そして、右の労使間確認がなされる時点においては、債務者において債権者ら組合員による営業妨害行為の再発を憂慮するような状況は既になかったといいうるのであり、また、組合側から提起された前記損害賠償請求裁判の進捗状況と対比すると、債務者が右の如く自己の提起した裁判の終結をもって争議の全面解決のための必要かつ前提条件である旨主張する点も債務者側の心情として理解できないではないが、もっぱら裁判の終結のみを就労拒否の理由とすることはそれ自体合理性を欠くばかりか、右労使間確認後に再び同様の主張を蒸し返すことは、それまでの交渉経過に照らし信義に反する不当な行為であるとの評価を免れない。したがって、右暫定就労により職場復帰が実現するものと客観的に期待される状況にあった昭和六二年一月一日以降も債務者が依然就労を拒否したことには何ら合理的理由はないというべきであり、同時点において債権者らの債務(労務)が債務者の責に帰すべき事由により履行不能となったものと認めるのが相当である。