全 情 報

ID番号 03998
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 三菱重工長崎造船所事件
争点
事案概要  実働八時間制の下での労働時間の起算点・終点に関連して、会社が作業服・安全保護具の着脱、更衣所から作業現場への往復等を労働時間に含まれないとしたのに対し、右行為が労働時間に含まれるとしてその行為に要した時間分の賃金を請求した事例。
参照法条 労働基準法32条1項
労働基準法34条
労働基準法37条
法例2条
民法92条
体系項目 労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 着替え、保護具・保護帽の着脱
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 歩行時間
労働時間(民事) / 労働時間の概念
休憩(民事) / 「休憩時間」の付与 / 休憩時間の定義
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働慣行・労使慣行
賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
裁判年月日 1989年2月10日
裁判所名 長崎地
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ワ) 287 
裁判結果 一部認容
出典 労働民例集40巻1号64頁/タイムズ707号149頁/労働判例534号10頁
審級関係
評釈論文 加茂善仁・経営法曹102号42~51頁1993年3月/高木龍一郎・法学〔東北大学〕53巻5号139~144頁1989年12月/新谷眞人・季刊労働法152号158~159頁1989年7月/中田耕三・平成元年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊735〕410~411頁1990年10月/道幸哲也・法学セミナー35巻9号129頁1990年9月/柳澤旭・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕94~95頁1995年5月
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念〕
 労働基準法三二条の規制の対象となる労働時間(中略)とは、使用者の指揮監督下に労務を提供している時間をいうと解されるところ、右労務の提供のうちには本来の作業に当たらなくとも、その作業を遂行するため必要不可欠ないし不可分の行為も含まれるというべきである。
〔労働時間-労働時間の概念-歩行時間〕
 入門ないし元タイム・レコーダーが設置してあった場所から更衣所ないし控所までの歩行については、入門ないしタイム・レコーダーまでの通勤歩行と同様労務を提供するための労務提供者の負担においてなすべき準備行為にすぎず、使用者の指揮監督下に労務を提供しているとはいえないので、右歩行に要した時間は労働基準法上の労働時間ではない。
〔労働時間-労働時間の概念-着替え、保護具・保護帽の着脱〕
 労働者が従事する作業の性質いかんによっては、法令により業務上の災害防止の見地から作業服及び安全衛生保護具等の装着が義務付けられている場合があり(中略)これらの装着は本来の作業を遂行するため必要不可欠な準備行為であるから、それは使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間は労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。また使用者が労働契約上の安全配慮義務を尽くすため作業上の安全確保の見地から作業服及び安全衛生保護具等の装着を就業規則等で労働者に義務付け、或いは使用者が作業能率の向上、生産性の向上、職場秩序の維持など経営管理上の見地から労働者に作業服及び安全衛生保護具等の装着を義務付け、これを懈怠した労務の提供を拒否され不利益を課される場合があるが、このような場合も作業服及び安全衛生保護具等の装着は本来の作業を遂行するにあたり必要不可欠ないし不可分の準備行為といえるから、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。
 (中略)
 原告らがなした右作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着は本来の作業に不可欠の準備行為であって、使用者の指揮監督下における労務の提供といえるから、右更衣等に要した時間は労働基準法上の労働時間というべきである。
〔労働時間-労働時間の概念〕
 仮に私的行為をしながら労務提供をしたならば、それに要した時間から私的行為に要した時間を控除した時間が労働基準法上の労働時間ということになるのであり、労務提供の行為中に私的行為が介在したとしても、それによって労務提供性が否定されるものではない。また時間的拘束性についても、たまたま就業規則で午前八時以前に作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着をなすことを規定し、それによってそれらの行為が所定労働時間外の自由時間の中でなされるべきものとしているため私的行為が介在してそれらに要する時間に余分の時間が含まれることになるのであって、仮にそれらの行為を所定労働時間内でするならば使用者の指揮命令によってそれらの行為に社会通念上合理的に必要と認められる時間でなされることとなり、時間的拘束を受けることになるということができる。さらに前記イで掲示した証拠によると、原告らはその支給或いは貸与された作業服や安全衛生保護具等を任意の場所に保管できるわけではなく、被告会社で指定された場所に整理して保管することが義務付けられていると認められるから、場所的拘束性がないとはいえない。
〔労働時間-労働時間の概念-歩行時間〕
 前記(2)のとおり、原告らは、作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着を更衣所等で行うこととされているので、事の性質上当然に右更衣所で更衣等をした後実作業に就くべく所定の準備体操場まで到達するための歩行も、本来の作業に不可欠の準備行為で、使用者の指導監督下における労務の提供といえるから、右歩行に要した時間も同様に労働基準法上の労働時間というべきである。
〔休憩-「休憩時間」の付与-休憩時間の定義〕
 労働基準法三四条が規定する休憩時間とは、労働者が労働時間の途中において休息のために完全に労働から解放されることを保障されている時間と解するのが相当であり、休憩時間が労働時間と労働時間との間に存在することに照らせば、使用者は労働者を休憩時間において労働から解放させて自由に行動できる状況に置けばよいことになる。
〔労働時間-労働時間の概念-着替え、保護具・保護帽の着脱〕
 法令、就業規則または職務命令等によって労働者が労務の提供にあたって義務付けられている作業服への更衣・安全衛生保護具等の装着が、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解され、これに要する時間が労働基準法上の労働時間に含まれるのであるから、義務付けられて装着した作業服や安全衛生保護具等の脱離も、その装着と一体として実作業をなすについて不可分の行為と評価されるべきであって、使用者の指揮監督下においてなされる労務の提供と解するのが相当であり、これに要する時間も労働基準法上の労働時間に含まれるというべきである。
〔労働時間-労働時間の概念-入浴・洗顔・洗身〕
 洗身入浴をしなければ通勤が著しく困難といった特段の事情がない限り、原則として洗身入浴は使用者の指揮監督下における労務の提供と解されず、これに要する時間は労働基準法上の労働時間には該当しないというべきであり、この理は手洗・洗面についても同様である。
 (中略)
 洗身をしなければ通勤が著しく困難であったという特段の事情は証拠上認められないので、それらに要した時間は労働基準法上の労働時間ということはできない。
〔賃金-割増賃金-支払い義務〕
 労働基準法上の労働時間に該当する前記諸行為は、本来の作業の遂行上不可欠ないし不可分の行為で、使用者の指揮監督下における労務の提供と解され、その労務の提供に対してはその対価である賃金請求権が発生するというべきであり、しかも、被告会社は、原告らに八時間の所定労働時間中実作業に従事させたほかに、八時間を超えて労働基準法上の労働時間に該当する右諸行為をさせたのであるから、その超過時間部分に対しては労働基準法三七条の趣旨に基づく被告会社の就業規則及び賃金規則の規定により一定の割合による割増賃金が支払われるべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-労働慣行〕
 (一) 労使慣行が法的拘束力を持つためには、それが法例二条の慣習法または民法九二条の事実たる慣習になっていることが必要であると解されるところ、慣習法は社会の法的確信または法的認識によって支持される程度に達したものをいうのであって、本件のように一企業の一事業所における慣行について慣習法の成立する余地はないので、本件においては事実たる慣習の存否だけが問題となる。
 事実たる慣習が成立するための要件としては、同種の行為または事実が長期間反復継続して行われていたこと(いわゆる「慣行的事実」)、その行為ないし事実が多数の当事者間において行われ或いは存在していたこと(「普遍性」)、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有し、或いはその取扱いにつき一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたこと(「規範意識の存在」)が必要というべきである。