全 情 報

ID番号 04083
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 日新製鋼事件
争点
事案概要  サラ金から総額七、〇〇〇万円余の借金をし、破産申立を余儀なくされた者が退職金、給与債権と使用者からの借入金の一括返済請求権とを使用者との合意に基づき相殺したことにつき破産管財人から否認権の主張がなされた事例。
参照法条 破産法72条1号
労働基準法24条1項
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 破産と退職金
賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
裁判年月日 1986年3月31日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和59年 (ワ) 434 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1195号144頁/タイムズ614号60頁/労働判例473号26頁/労経速報1262号3頁
審級関係 控訴審/03097/大阪高/昭62. 9.29/昭和61年(ネ)798号
評釈論文 山本吉人・判例評論335〔判例時報1212〕215~218頁1987年1月/小西國友・ジュリスト902号113~116頁1988年2月15日
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-全額払〕
 労基法二四条一項本文は、いわゆる賃金全額払いの原則を定めており、賃金の控除を禁止しているが、右原則の趣旨とするところは、使用者により賃金が一方的に控除されることを禁止し、もって労働者に賃金の全額を受領させ、労働者の経済生活の安定をはかろうとするものであるから、その趣旨に鑑みると、使用者が労働者の同意を得て相殺により賃金を控除することは、それが労働者の完全な自由意思に基づくものである限り、右賃金全額払いの原則によって禁止されるものではないと解するのが相当である。しかるところ、本件においては、前記のとおり、被告は、Aの同意のもとにAの被告に対する退職金、給与等の支払請求権と被告のAに対する被告借入金の一括返済請求権ないし三和借入金及び労金借入金返済のための費用前払請求権とを相殺(控除)したものと解されるところ、前記認定事実から明らかなとおり、Aは、昭和五八年九月当時総額七〇〇〇万円余りの負債の返済に追われる状況にあったけれども、同月七日被告大阪工場のB業務課長らに対し、自己の退職金、賃金等をもって被告借入金、三和借入金、労金借入金の残債務を返済する手続をとってくれるよう自発的に申し入れたうえ、同月一四日C業務係長らから自らの意思により右返済手続を被告に一任するものであることを書面上明らかにしておくため乙第五号証の委任状の作成を求められた際にもこれに異議なく応じていること、また、同年一一月下旬ころ、右C業務係長から右各借入金の精算処理の明細書を受け取り領収証等に署名押印を求められた際にも異議なくこれに応じているのであって、しかも、Aが本件における証人尋問の際にも自己の退職金、給与等をもって被告が右各借入金の残債務を返済した手続に異論はない旨供述していることを考え合わせると、Aの前記同意は完全な自由意思によるものであったと認めるのが相当である。そうすると、被告が右同意のもとに行った前記相殺(控除)に基づく右各借入金の精算処理は、賃金全額払いの原則に違反せず有効というべきである。
〔賃金-退職金-破産と退職金〕
 Aは、前記乙第五号証の委任状による意思表示をなし当時、既に七〇〇〇万円余りの負債をかかえ、資産としては自宅マンションがあるものの被担保債権一四〇〇万円の抵当権が設定されており、それ以外に目ぼしい動産もなく、また、現金も一五〇万円ほどしかなく、右負債を倒底返済することは不可能な状態にあったこと、しかるに、Aは、自己の退職金、給与等をもって被告借入金、D借入金、労金借入金の残債務だけでも返済したいと考え右意思表示をなしたものと認められ、これらの事実に照らせば、Aは、右意思表示をなした当時、これによって他の一般債権者を害することになることを十分認識していたものと認めるのが相当である。そうだとすると、Aの右意思表示は、破産七二条一号に該当する行為というべきであるから、原告はこれを否認することができるものというべきである。してみると、原告の否認行使により、被告がAの右意思表示に基づきなしたAの被告に対する退職金ないし退職金及び八月給与の支払請求権と被告のAに対する被告借入金の一括返済請求権との合意相殺は効力を失い、Aの右債権は右相殺額の範囲で当然復活するものといわなければならず、また、Aが右意思表示に基づき被告に対しなしたD借入金、労金借入金の返済委任は効力を失い、右委任に基づき被告がAに対し取得した右各借入金一括返済のための費用前払請求権は消滅することになるから、右請求権と合意相殺されたAの退職金、八月及び九月分(一部)給与、共済会脱会餞別金の支払請求権も右各相殺額の範囲で当然復活するものといわなければならない。