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ID番号 04187
事件名 旅費請求事件
いわゆる事件名 山口県公立小中学校事件
争点
事案概要  公務員の旅費請求権につき、予算の点を考慮して旅行命令の発令に際しこれを放棄できるとされた事例。
参照法条 労働基準法24条
地方自治法204条
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 賃金債権の放棄
裁判年月日 1970年6月8日
裁判所名 山口地
裁判形式 判決
事件番号 昭和37年 (ワ) 181 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 行裁例集21巻6号892頁/教職員人事判例6号253頁
審級関係
評釈論文 原田尚彦・自治研究47巻11号142頁/小野寺邦男・教育委員会月報243号49頁
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-賃金債権の放棄〕
 右のような旅費運用方法すなわち、研修旅行その他広く旅行命令を発することを前提としての旅費内規による旅費支給、つまりこれと条例所定額との差額の請求権の放棄は、本件旅行命令発令前すでに永年の慣行により民法九二条所定の事実たる慣習を形成していたものと認めるのが相当である。(右法条は、公務員の旅費請求権の放棄という公法上の関係についても類推適用しうるものと解すべきである)もちろん、右のような慣習は、配付予算が少いがために考案された苦肉の策のもたらしたものともいえるもので、行政的には、決して放置してよいものではなく、配付予算の増額は別途考慮されるべき問題としても、予算を勘案した旅行命令の適正化によつて条例所定の旅費額が支給されることが望まれることは山口県人事委員会の指摘するとおりであろう(成立に争いない甲第一号証参照)けれども、だからといつて、法律的には、このような慣習をも当然無効のものとはいえない。けだし、本件旅費請求権は公法上の権利とはいつても俸給などとは異り、これが放棄を認めても公益を害するような性質のものではないのであるから、個々の旅行命令の発令に際しこれを放棄することは許されるものというべきだからである。
 右の次第であつて、原告らの本件旅行以前に、右のような慣習が存在したのであるから、本件旅行命令については特に右慣習によらない旨の反対の意思表示をしないかぎり、原告らは右慣習による意思を有したものと認められるところ、原告X1、X2各本人尋問の結果によれば、右原告両名は、年度始めに各所属校長から提示された旅費内規の作成に対し、それぞれ反対の意向を明示し、かつ、各所属校長に対し予め条例所定の旅費額の支給を要求していた事実が認められるから、同人らは本件各旅行については右慣習による意思を有しなかつたものと認められる。したがつて、原告X1、X2の両名については、民法九二条を適用することはできない。
 ところで、成立に争いのない甲第一号証によれば、原告X3、X4、X5、X6が本件旅行命令の発令前に原告X1ほか訴外の五〇〇名余の教職員と共に山口県人事委員会に対してなした多項目の措置要求のうちには、条例所定の旅費額を支給すべき旨の一項目を含んでいたことが認められるから、この事実から推すと、同人らもまた本件旅行については右慣習によらない旨の反対の意思表示をなしていたものと推認されないでもない。しかしながら、前記説示のとおり、各学校の旅費内規については、各教職員とも支給される旅費額が条例所定のそれよりも少なくなる点に不満であつたが、研修旅行等の機会をできるかぎり多く得たいとの希望等から、旅費予算が増額されない事情のもとでは、右内規による旅費支給の処置もやむをえないものとしてこれに同意していたのであり、また、条例所定の旅費額を支給すべき旨の前記措置要求後においても右内規による取扱いに従つていたものであり、証人A、Bの各証言、原告X4、X7の各本人尋問の結果に照しても、右原告ら四名が特にその例外であつたとは認められないことなどに鑑みれば、右原告らのなした前記措置要求も、結局のところ、旅費予算の増額を要求しているのであつて、条例所定の旅費の要求は右配付予算の増額要求を意図する一手段であつたと認めるのが相当である。換言すれば、右措置要求は、旅費内規による従前の旅費運用方法に対して現実に、無条件に反対の意思表示を表明したものとみるべきではなく、(すなわち、右原告らは研修旅行等の機会がなくなろうとも条例所定旅費を要求するとまで考えていたとは認めがたい。)右のごとき運用方法を余儀なくせしめているところの配付予算額の不足の是正を求める点にその真意が存したと認めるのが相当であるから、右措置要求の一事をもつて、本件旅行命令につき特に前記慣習によらない旨の意思表示をしていたものと推認することはできないものというべきである。
 また、その他の原告が特に右慣習によらない旨の反対の意思表示をしたことを認めるに足る証拠はない。すなわち、当該各原告本人尋問の結果によれば、右原告らのうち旅費内規による少ない旅費額について不満であつた者もあるが、結局同人らは配付予算額が少ないからやむをえないものとして、あえて反対の意向を示さなかつたことが認められる。もつとも、原告X8は、旅費内規によつて旅費を受領する際、係員に金額につき異議を留め、あるいは所属学校長に対し正当旅費を支払うべきことを申出た旨を供述しているが、当該学校教頭たる証人Cの証言によれば、同原告は同証人に対し前記旅費運用方法じたいに反対の意思を表明していなかつたことが認められ、右事実および同原告の旅行回数(一七回)、旅行内容(研修旅行を含む広範な内容)等諸般の事情を総合すると、同原告が右慣習によらない旨の意思を有していたものとは認めがたいのである。
 したがつて、原告X1、同X2を除くその余の原告らは、右慣習による意思を有したものと認めるべきであるから、民法九二条により右慣習に従い、本件旅行について旅費内規による旅費額と条例所定の旅費額との差額の請求権はこれを放棄したものといわなければならない。