ID番号 | : | 04272 |
事件名 | : | 慰藉料請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 学校法人成美学園事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 従業員の死亡につき、その遺族が、使用者が、病人(癌)に対して退職届の提出を求めたことを違法であるとして損害賠償を求めた事例。 |
参照法条 | : | 民法1条3項 民法709条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任 |
裁判年月日 | : | 1969年11月26日 |
裁判所名 | : | 横浜地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和41年 (ワ) 618 |
裁判結果 | : | 一部認容 |
出典 | : | 時報593号63頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 川井健ほか・判例評論141号41頁 |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 正当な権利を有する場合であっても、その権利行使の方法、態様が社会観念上相当とされる限度を超え、社会倫理観念に著しく背くと評価される場合はその権利行使は違法性を帯び、行為者は被害者に対し民法第七〇九条、七一〇条により不法行為に基づく精神的損害を賠償する責任を負うべきものといわなければならない。本件における如く相手方が癌患者として一、二カ月の生存しか保し難いとされ、また、家族らが夫又は父の死の到来の近いことを覚悟し、その精神的苦痛に耐えながら、同人の看病に日夜気遣っていたものであり、本人が心安らかに永遠の旅路に着くことをせめてもの願いとしている場合には、たとえ使用者が、雇傭契約上の権利に基づくものとはいえ、退職届の提出を請求するには弁えるべき適当な節度があり、本人および家族の心身の安静、平穏を徒らに損い、困惑と動揺のみを与えるような方法、態様のものであってはならないことは確立した社会倫理観念に徴し明白である。 しかるに、前述のように被告Y1、同Y2は被告Y3の指示でAが療養中の自宅へ、あるいは入院中の病院へ再三(一回は再入院の直後)足を運び原告X1に対し執拗に退職願の提出を要求し、後始Aの病床に付添って同人の看病をしていた同原告を著しく困惑させた。特に癌患者に対して癌である旨告げることが好ましくないことは医学上常識であるに拘らず、前記認定のように被告Y2が原告X1に対しAに同人の病気が癌であることを知らせる旨放言した行為の如きは同原告を困惑動揺させることこれより甚しいものはなかったと考えられる。原告X1から被告Y2の右発言を聞いた原告X2、同X3が被告Y2に対し恐怖感を懐き、後日被告Y2が原告X1不在中にAの病室を訪れた際同被告の入室を恐れ病室のドアを固く閉ざし、帰室した原告X1に抱きついて泣き出したという経緯も、原告X2、同X3に与えた動揺のいかに顕著であったかを示すものと認められる。更に前記のとおり被告Y3がAの自宅および同人が入院中の市大病院宛にそれぞれ解雇通知の内容証明郵便を発送した行為は、昭和四〇年四月三〇日限り被告学園とAの雇傭契約関係が終了したことを確認的に通知したものと解されるが、被告Y2が原告X1から強硬に資格喪失後給付届書の押印をとった行為とともに、いずれも退職届提出要求行為に関連するものであり、それらの行為が原告X1を著しく困惑させたことも看過しえない事実である。 以上摘記した点を含めて前記三認定の事実関係を総合的に観察すれば、被告らの前記一連の行為はAが一、二カ月の余命しかないことを知悉しながら、原告らの感情を無視し、ひたすらAの心身の安静、平穏を維持しようとする同人らの利益を侵害したものであり、社会倫理観念に著しく背く違法な行為といわざるをえない。 |