全 情 報

ID番号 04308
事件名 雇傭契約存続確認等請求事件
いわゆる事件名 北陸鉄道事件
争点
事案概要  休憩中の囲碁にかかわるけんかにより同僚に暴行をしたことを理由とする懲戒解雇につき、懲戒権濫用にあたり無効とされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法1条3項
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 暴力・暴行・暴言
裁判年月日 1968年9月30日
裁判所名 金沢地
裁判形式 判決
事件番号 昭和41年 (ワ) 441 
裁判結果 認容
出典 時報535号82頁
審級関係 控訴審/04261/名古屋高金沢支/昭44. 8.13/昭和44年(ウ)61号
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-暴力・暴行・暴言〕
 次に、右事実の前記懲戒事項への該当性を検討する。原告は、本件における如くたまたま業務外で加えられた暴行により被害を受けた従業員がそのために欠勤することとなったとしても、右暴行と業務遂行の妨害との間には主観的関連性がないから、前記懲戒事項には該当しないと主張する。しかしながら、前記懲戒事項に該当するためには、必ずしも暴行が業務遂行の妨害を認識してなされることは必要でなく、業務遂行妨害の結果を認識することが可能であることをもって足りると解すべきである。そして本件においては、七日間の加療を要する傷害を生ずる程度の暴行がなされているのであるから、当然被害者の勤務に何らかの支障が生ずることは予見可能であったというべきであり、従って前認定の原告の行為は前記懲戒事項に一応該当するものといわなければならない。
 なお、被告は、原告の行為は前記懲戒事項中前段の「業務遂行の妨害」に該当するのみならず、後段の「著しく職場規律を乱したとき」にも該当すると主張するが、原告の前記暴行は勤務時間外の行為であり、かつ一時的、偶発的なものであるから、これによって被告会社の職場規律が著しく乱されたとは考えられず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。もっとも被告は、原告が暴行の事実を否認し、暴行を受けたのはむしろ自分であると主張したことをもって「職場規律を著しく乱し」たことに該当すると主張するもののようであるが、原告の右行為は前記懲戒事項の「暴行、脅迫その他類似行為」に該当しないことは明らかであるから被告の右主張は失当である。
 次に、原告に対し懲戒処分として最も重い懲戒解雇が選択されたことの当否について判断する。前記懲戒事項の定めは一般的抽象的であり、かつ、これに対応する懲戒の種類も出勤停止、降給、降職、解雇と段階的に規定されているところから、具体的事案において最も重い処分である懲戒解雇を選択するには、当該行為の規律違反性の程度が著しく高い場合あるいは情状が極めて悪い場合でなければならないと解される。これを本件についてみるに、前認定のように、本件暴行は業務執行中の者に対して加えられたものでなく、また、業務執行の妨害を意図してなされたものでもなく、業務外における従業員間の囲碁のルールに関する口論がこうじた結果であって、しかも相手方にも多分に挑発的言辞があったことが認められ、相手に与えた傷害もさほど重いものではなく、被告会社の業務に及ぼした影響も間接的であるから、前記懲戒事項が予想する行為類型の中ではむしろ情状の軽い部類に属すると認められる。もっとも被告会社は原告の情状に関し、原告の暴行行為そのものよりも、事件後に原告が暴行の事実を否認したこと、および原告が所属する日本共産党の地区組織によって、パンフレット等により、被告会社とAが共謀して原告をおとし入れたかの如き宣伝がなされたことを重視しているようである。しかしながら、《証拠略》によって認められる右パンフレットの記載内容は、原告が本件暴行事件の容疑で警察に逮捕されていることに対する抗議が主であることが認められるから、その発行および配布がなされたときには原告は警察に抑留されていたこととなり、従って、たとえ右パンフレットの記載中に不当な憶測に基づく部分があったとしても、そのことをもって原告の情状を特に重くみることは正当でない。また、被告会社は、原告が事実を否認したことをもって反省の態度に欠けるというが、原告本人尋問の結果によれば、被告会社の従業員で組織されている被告会社労働組合の内部において、政党支持の問題に関し感情的対立があること、原告は同自動車区における共産党支持派の中心的立場にあり、Aは社会党支持派に属すること、本件の原告とAのいさかいも右感情的対立と無縁ではないこと、以前原告が政党支持の問題に関して反対派の者から強度の暴行傷害を受けたが表沙汰にしなかったこと、それにもかかわらず今回原告はAによって直ちに警察に告訴され、警察による強制捜査が開始されたことなどの事実が認められ、右事情にてらすとき、原告が容易に暴行の事実を自認しないことをもって直ちに暴行をはたらいたことに対する反省の色が全くないと理解することは疑問であるといわなければならない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 このようにみると、結局、前認定の原告の行為は前記懲戒事項に一応該当するけれども、行為自体についてみた情状は決して重いものではなく、また、行為後の原告の言動によって懲戒解雇に価するほどにその情状が重くなるという見解は根拠が薄弱であるといわなければならない。そうすると、被告が原告の右行為に対し、懲戒処分として最高の解雇をもってのぞんだことは、違反行為とそれに対する制裁との間の均衡を著しく欠き、懲戒関係規則において懲戒処分の種類が段階的に定められていることの趣旨に反するから、本件懲戒解雇は懲戒権の範囲を逸脱してなされたものとして無効であるといわなければならない。