全 情 報

ID番号 04513
事件名 仮処分申請事
いわゆる事件名 日本ベークライト事件
争点
事案概要  採用されるにあたり学生自治会中央執行委員であったことを申告せず、又業務上の秘密を漏洩した等として懲戒解雇された者がその効力停止の仮処分を申請した事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 経歴詐称
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 守秘義務違反
裁判年月日 1953年3月18日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和27年 (ヨ) 4055 
裁判結果 認容
出典 労働民例集4巻1号1頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-経歴詐称〕
 申請人が被申請会社に入社する受験の際に自らA大学生自治会の中央執行委員であつたことを告知しなかつたことは認められる。しかしそれが協約にいう「重要な経歴を詐り……」にあたるであろうか。
 疏明によれば、被申請会社にとつて申請人を採用した当時社員の思想傾向が一応関心事となつており、その採用試験にあたつても受験者に対し学生の政治運動についての所感といつたものについて質したことは窺われるのであるが直接申請人に学生運動の経歴についての質問とか特にこの点に重点をおいての質疑が行われたことについては充分な疏明がないのであつて、かような場合に申請人が進んで自己の学生運動上の地位について告げることをしなかつたからといつて故意に経歴を詐称したとまでいうことはできないであろう。なお懲戒解雇の理由たる「重要な経歴を詐り……採用された」というためには、その文理からも事柄の性質からも当時真実の経歴が判明していたならば採用されなかつたであろうという程度の重要な経歴事項をいつわることを要するものと解すべきところ、当時被申請会社においてA大卒業生の思想傾向について格別に注意し、いやしくもA大学生自治会の中央執行委員をやつていた者の如きは採用しないという程この地位を重視していたのであれば、学生運動上の地位の如きは容易に探知し得ることであるから当然この点について適当な調査が行われた筈であり、そしてその調査が行われたならば申請人がこのような地位にあつたことはたやすく判明したであろうことは推察に難くないところであり、その採用を見ることはなかつた筈である。このような外部に比較的顕著な事項について受験者たる申請人の供述のみにより、もつて採用を決したとすればそのことじたい被申請会社がかかる地位を当時はとかく重要視していなかつたことを示すもの、重要な経歴として取り扱つていなかつたことを思わせるものというべく、疏明によるも入社試験当時被申請会社が入社志望者が自治会ないし全学連関係の委員であるということじたいによつて採用しないという明確な方針をきめていたのではないことが窺われるのであつて、さればこそ特にこの点を核心としての質疑がなされなかつたことも肯かれるのである。
 以上の如くであるから、申請人がA大学生自治会の中央執行委員であつたことを進んで告げなかつたことは結局重要な経歴を詐つたことにはならないといわなければならない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-守秘義務違反〕
 懲戒解雇の理由としての「業務上の秘密を他へ洩し」たとなすには、その事項が秘密事項であることにつき漏洩者に認識のあつたことを要するのは勿論であるところ、申請人にヘルメツト製作そのことが秘密たることの認識があつたと見ることができるであろうか。ヘルメツトの製作じたいについてそれが秘密たることを特に告示されていないことは疏明によつて明らかである。又、特に告示がなくともそれが秘密たることを当然察知し得べきであつたと見ることもできない。本件の疏明の全趣旨によつて考察するに、被申請会社においても新注文品の製法その他外部に漏れることによつて模倣を招くおそれのあるような事項については、特段の指示がなくともそれが秘密として守らるべきことが常識となつていないではないが、本件の問題であるヘルメツトを製作するということそれじたいは特に保安隊の要求、指示によつて秘密事項とされていたのであり、従つて部課長に対しては特にその製作の秘密たることを指示する措置がとられていたのに、たまたまそのことが末端にまで徹底していなかつたことが分るのであつて、かような点から見て申請人にヘルメツトの製作それじたいが秘匿さるべきことについての認識を肯定することは無理である。
 右の如くであるから申請人に業務上の秘密漏洩の責を問うことはできない。