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ID番号 04523
事件名 遺族補償金等請求事件
いわゆる事件名 伐木搬出者遺族事件
争点
事案概要  「きんま」という特殊の伐木搬出用具を使用して伐木の搬出に従事している者の災害につき遺族補償が請求された事例。
参照法条 労働基準法10条
労働基準法12条
労働基準法79条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 使用者 / 労働基準法上の使用者
賃金(民事) / 平均賃金
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 遺族補償(給付)
裁判年月日 1956年2月8日
裁判所名 京都地宮津支
裁判形式 判決
事件番号 昭和29年 (ワ) 34 
裁判結果 一部認容,棄却
出典 労働民例集7巻3号604頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-使用者-労働基準法上の使用者〕
 原告の夫であつた亡Aが、主張のとおり昭和二七年四月一七日いらい、被告がこれよりいぜんに事業主として松杉檜の立木一、〇〇〇石ないがいを買入れ伐採したことのある主張の山林で、使用者がだれになるかは別とし、同上の伐木の残り八〇〇石ばかりを搬出する作業のため「きんまひき」として労務にしたがい、主張のような出来高払の賃金を得ていたのであつたが、同年六月一八日はからずも主張のような業務上の災害にあい死亡するにいたつたことと、原告が主張のとおり同人の葬送をなしかつ祭祀をつかさどるものであることは、双方の間に争をみないところである。
 よつて、問題の使用者はだれであるかを検してみるに、それは、ここでは、ただちに、遺族補償又は葬祭料を支払うべきものをみつけだすことに関連するから、使用者であるかないかは、単に表面的な形式にとらわれることなく、個々の場合につき実質的に事業がどう営まれていたかを見きわめたうえで、決定せられなければならないことはいうまでもないところ、亡Aがさいしよ前述の伐木を搬出する作業のため労務者となるにさいし、被告と直接に労働上の契約をしたものであることの認められる資料もなければ、同人が死亡した前述の日時に被告とさような契約の存する労務者であつたことを認めるに足る証拠もないのに反し、被告のがわでこれよりはやくB、Cの両名に件の伐木を搬出する作業を被告から出石当り金三五〇円の対価を支払いボサ払に要する費用として金一〇、〇〇〇円を加算するほかは損益とも両名の計算に帰すべき条件で請負わせることとなつてから、亡AがまもなくBの承諾を得てそれの労務者となつたものであることを認めさせる資料の多いことからすれば、一見、被告はそれいらい事業主でなくなつたのではないかとみられるようなふしがないでもないが、他方で、これらの両名は、もつぱら小農を業とし自らの資金でさような事業をやりぬくだけの能力はなく、上記のとおり請負うにさいしても、伐木をまだ搬出しないまえからそれの準備として「きんま」道が作れたとき金一〇〇、〇〇〇円の前渡を受けるという了解をなりたたせたり、搬出をはじめてからも必要に応じ出石に対する支払の内渡を受けたりしていたというごとく、資金の面で被告に依存する度合が非常に高かつたのみならず、伐木の搬出ときつてもきれない重要な道具であるワイヤーを被告から無償で貸与を受けたり、「きんま」油を被告の名であつせんしてもらつたりしていたというごとく、資材の面でも被告ときわめて特殊な結びつきがあつたということと、被告においては、また前記のとおりB、Cの両名に伐木の搬出を行わせることとなつてからも、自己の使用人をひきつづき現場ちかくに滞在させ、労務者ごとに出石を調査して伝票を交付させたり、現場に出むいて労務者を指図したり督励したりさせていたということを認めるに十分な証拠があるのみか、なお、被告のがわとしては前示のとおりB、Cの両名と問題の伐木を搬出させる作業の対価を決定するにさいし、現地の慣行によると、「きんまひき」の賃金に出来高払の石当り金二二五円の割合による金一八〇、〇〇〇円ぜんごを要するほか、「きんま」の道作りの費用に金一〇〇、〇〇〇円(石当り金一二五円ぜんごに相当する。)を要することが知れるにおよび、両名に支払うべき対価の総額を前者の金一八〇、〇〇〇円ぜんごに後者を合計した金二八〇、〇〇〇円ぜんごであると予見しながら、かように算出したものを慣行どおり石当りに逆算する方式をとり、これの総額に伸縮の余地を残し、相手に利得する機会を与えようとしたものであつたが、両名のがわとしては、もともと、被告との折衝にあたり、同上の対価をさような方式で計算することになつても、これの総額を伸縮させて利得する余地のほとんどないにひとしいことを見越したものの(両名としては、「きんまひき」の賃金に石当り金二二五円を、「きんま」の道作りの人夫と資材に金一〇〇、〇〇〇円の実額をそれぞれ要するという見積であつたのである。)被告のがわでたまたま別口に謝礼をするように口約したのと、自ら労務者となれば前示のような賃金の得られるのとにあまんじて以上のとおり対価を決定したものであつたこと、ことばをかえれば、両名のがわとしては、問題の作業を完成させ約定の対価の支払をうけて利得することに目的を置くというよりも、同作業を進行させてゆくうちに特別の謝金又は賃金を得ることに重点を置いていたものであつたことの推しはかられる資料があるうえ、さらに、被告のほうでは、問題の災害のおこつた直後のこと、B、Cの両名に、「被告がもし事業主であるとなれば、補償の額が高くなるから、両名で請負つたことにし、これを低めるようにほんそうしてもらいたい。」といいふくめ、原告と交渉させていたのに、職権にもとずく補償の実施に関する審査ないし仲才が行われはじめるとすぐこれを打切らせたというような事実のあることも資料によつて知られるのであつて、かような諸点からぎんみしてゆくと、問題の伐木の残り八〇〇石ばかりを搬出する作業の事業主というべきものは、実質上、やはり、とうしよ前掲の山林で立木を買入れ伐採することをもくろんだ被告であつて、形式上とちゆうからそれの一部にしか過ぎない伐木の搬出を請負つたことになつているB、Cの両名のごときは、ただ、被告の事業主としての経営にあらかじめ制限せられた範囲で参画したにとどまり、さような経営から独立した別個の事業主であるというまでにいたつていないものとするのを相当とし、亡Aの使用者は、したがつて、被告であるとするのが実情に即した見方であるとせざるを得ないのである。
〔賃金-平均賃金〕
 原告は、以上のとおりまちがいないとすれば、事業主である被告に対し、亡Aの遺族ならびに葬祭を行うものとして、同人の平均賃金の一、〇〇〇日分に相当する遺族補償と同じく六〇日分に相当する葬祭料の支払を求め得るものとしなければならないこともちろんである。
 そこで、同上の平均賃金の額はいくらであるかを調べてみるに、亡Aが主張のとおり昭和二七年四月一七日主張の労務者となつてから同年六月一八日主張の業務上の災害が起るまでは三ケ月に満たない期間であつたが、同人はなお業務上足部に負傷し療養のため同年五月二三日から同年六月一日まで二〇日間を休業していることと、賃金が毎月一五日と末日に締切られ即時に支払われていたことは双方の間で争がないから、平均賃金を算定する基準とすべき期間は、昭和二七年四月一七日から最終に賃金の締切られた同年六月一五日までの六〇日間から前示の業務上休業した日数を引いた四〇日間とすべく、また同期間に支払われた賃金の総額は、実動の二四日間に搬出せられた伐木の材積の九二石四斗七升であることの知られる資料があることから、これに約束の金二二五円を乗じた金二〇、八〇五円七五銭となることが計数上めいりようであるがゆえに、平均賃金の額は、原告のいうとおり、金五二〇円一四銭(厘位以下は切捨てる。)でなければならないことになる。