全 情 報

ID番号 04526
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 北陸銀行事件
争点
事案概要  部下の浮貸を看過し、預金通帳を二重発行していたとしてなされた銀行支店長に対する懲戒解雇の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務上の不正行為
裁判年月日 1956年5月4日
裁判所名 金沢地
裁判形式 判決
事件番号 昭和30年 (ヨ) 145 
裁判結果 却下
出典 労働民例集7巻3号452頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務上の不正行為〕
申請人は支店長としての通常の注意を怠らなければA支店長代理の不正貸付を容易に発見し得た筈であり、それにも拘らずこれを昭和二十八年三月三十日迄気付かなかつたということは支店長として甚だしい職務の懈怠があつたと認めるのが相当である。尤も証人Bの第二回証言によれば、被申請人銀行の専門の検査係である申請外B及びCの二人が昭和二十八年二月三日頃から同月七日頃迄に亘り被申請人銀行松任支店に赴き定期検査を実施したがその際には不正貸付の事実は発見されなかつたことを認めることができるが、前示認定の如くA支店長代理の不正行為はこの検査後になされたものであるから当然のことで何らの矛盾もない。のみならず前記疏乙第二、第三号証によれば申請人は昭和二十八年一月五日申請外旭村農業協同組合振出の額面三百万円、満期同年一月九日たる約束手形一通を被申請人銀行に差入れさせ、且つ同協同組合の定期予金を担保とすることとして三百万円を貸付したのであるが、その際同協同組合側の役員らと相謀り専らその便宜を図るために右預金証書の副証書なるものを不正に作成して交付したこと及び同年一月二十三日申請外野々市村農業協同組合振出の額面百五十万円、満期同年二月二十八日なる約束手形一通を被申請人銀行に差し入れさせ、且つ同協同組合の定期予金を担保とすることとして百五十万円を貸付したのであるが、その際同協同組合側の役員らの懇請に応じその便宜を図るために右預金証書は被申請人銀行に差し入れさせず別に副証書なるものを不正に作成してこれを被申請人銀行松任支店に保管し、検査係の検査を誤魔化していたこと等を各認めることができる。而して叙上認定の如き申請人の所為は畢竟前示認定の如き人事規定第十九条に所謂「不都合の所為」に該当し、また労働協約第十四条に所謂「職務懈怠取扱粗漏等により銀行の名誉を失墜し又は銀行に損害を及ぼした場合」「その他綱紀を紊り不都合な所為があつた場合」に該当するものと認めるのが相当である。申請人本人の尋問の結果のうち叙上の認定に反する部分は遂に措置できず他に叙上の認定を覆えし申請人の主張を認めるに足る証拠はない。よつて被申請人銀行が申請人を懲戒処分の対象としたことは相当であるといわねばならない。而して人事規定第十九条は懲戒解雇としての免職の外に罰俸、譴責の二種の懲戒処分を定め、労働協約第十五条は懲戒解雇として免職及び諭旨解職の二種を定めている外、減給、譴責、訓戒の三種の懲戒処分を定めていることは前示認定のところから明かであるが、申請人は懲戒処分の中最も重い本件の懲戒解雇は信義則に反し解雇権の濫用であつて無効であると主張するのでこの点につき按ずるに、申請人は被申請人銀行松任支店長という重職にありながら甚だしくその職務を懈怠し、よつて下僚である申請外Dの所謂浮貸(金融業の公共性に鑑み「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律」第三条もこれを禁止している)を看過し、被申請人銀行に多額の損害を及ぼしたこと及び申請人が預金通帳を不正に二重発行する等の所為があつたこと前示認定の通りである以上、被申請人銀行が申請人を専ら害するため(加害の意思)を以て解雇権を行使したとはいい得ず、むしろ右の如きが頻発するに於ては被申請人銀行のような企業は崩壊の危機に導かれ、ひいては社会経済に及ぼす悪影響の甚大なること(銀行企業の公共性)は多くを論せずして明白なことであるから斯かる事由以上に被申請人銀行の企業維持にとつて由々しきことはなく、被申請人銀行が申請人に対し懲戒処分としては最も重い解雇(免職)を以て臨み、他の従業員の戒めともしなければならないのはまことに止むを得ざるところであつて、何ら労使関係を規律する信義則に背馳するものではない。よつて解雇権の濫用であるとの申請人の主張は理由がない。