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ID番号 04576
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 昭光化学工業事件
争点
事案概要  過酸化ベンゾールの製造工場で起った火災により死亡した者の遺族が会社に対して損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法709条
失火の責任に関する法律1条
労働基準法84条2項
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労基法との関係
裁判年月日 1960年11月21日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和33年 (ネ) 33 
裁判結果 変更(確定)
出典 高裁民集13巻10号865頁/時報256号30頁/東高民時報11巻11号285頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労基法との関係〕
 控訴人は「Aが受領した災害補償金四十八万二千二十四円の限度において損害賠償の義務を免れる。」と主張し、Aが労働者災害補償保険法により、労働基準法に定める遺族補償金四十五万四千七百四十円及び葬祭料金二万七千二百八十四円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。ところで、労働基準法による災害補償は労働者が業務上受けた災害による損失を使用者が補填するものであつて、使用者がこれを行えばその限度において労働者の損失は減少するわけである。そして、損害のない限り損害賠償責任も生じないから、使用者が同一の事由について損害賠償責任を負う場合、災害補償を行つた限度において使用者はその責任を免れるのであつて、同法第八十四条第二項はこの趣旨を規定したものと解される。遺族補償は労働者の死亡による収入の喪失を補填するものであり、その補償が行われればその限度において収入の喪失という損害は消滅するから、使用者において、労働者の得べかりし利益の喪失による損害賠償責任を負担する場合、補償の限度でその責任を免れるのである。従つて、遺族補償が相続人でない者(例えば内縁の妻)に支給されたとしても、その限度で労働者の損害は補填されているのであるから、使用者はその限度で損害賠償の責任を免れ、残余の損害に対する賠償請求権が相続財産となるのである。従つて、使用者は遺族補償を何人に給付しても、同一の事由については補償の限度で民法による損害賠償の外に行われる使用者の特別の義務であると解しても、遺族補償を受けた者が死亡者の損害賠償請求権を相続してその支払を求める場合、使用者は労働基準法第八十四条第二項の規定によつて補償の限度で賠償責任を免れることとなり、結局、補償を受けられなかつたことと同一に帰着する矛盾に立ち到るのである。また、災害補償の要件を満す場合民法による損害賠償が成立しないと解すれば、補償が損害に充たない場合賠償請求ができ得ないこととなり、もし不足部分につき損害賠償を求められるとすれば、一箇の不法行為につき、補償額の限度では不法行為が成立せず、残余額の部分について不法行為が成立するということになる。いずれも首肯し難いところである。ところで、遺族補償と死亡者の得べかりし利益の喪失による民法上の損害賠償とは労働者の死亡による収入の喪失を対象とし、両者は同一の事由によるものであるから、使用者は遺族補償の限度でこの民法上の損害賠償の責任を免れる。しかし、葬祭料は遺族又は葬祭を行う者の葬祭費用を補填するものであつて、死亡者の得べかりし利益の喪失による損害賠償とは、損害の対象を異にし同一の事由によるものではないから、使用者は葬祭料の補償をなしても死亡者の得べかりし利益の喪失による損害賠償の責任を免れることはない。そして、労働者災害補償保険法によつて国が補償するのは使用者の行う災害補償を代行するものであるから、使用者が補償を行つたこととなり、使用者はその限度で民法による損害賠償の責任を免れるのである。従つて、控訴人は前記Bの得べかりし利益の喪失による損害賠償金百十三万八千六十五円のうち遺族補償金四十五萬四千七百四十円の限度において責任を免れるが、葬祭料についてはその責任を免れることはない。