全 情 報

ID番号 04591
事件名 解雇無効確認請求事件
いわゆる事件名 日本碍子事件
争点
事案概要  就業時間中に使用者に無断で印刷物の配布行為を行なったこと、および協約で規定されている生産合理化に反対である旨使用者に表明したことを理由として懲戒処分として解雇された従業員がその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項3号
労働基準法89条1項9号
労働基準法3条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 政治活動
労基法の基本原則(民事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇(レッドパージなど)
裁判年月日 1962年5月21日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和34年 (ワ) 1476 
裁判結果 棄却
出典 労働民例集13巻3号642頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-均等待遇-信条と均等待遇(レッドパージなど)〕
 原告は昭和三四年五月頃「皆さん目覚めて下さい。労働運動の基礎1我々と政治」と題し、「我々労働者は毎日の生活に追われてあくせく働いている。そして尚生活はますます切り下げられようとしている。このような状態における組合運動のあり方について、現代資本主義社会が支配階級としてのブルジヨアジーと被支配階級としてのプロレタリアートとの階級社会であり、ブルジヨアジーの実際の行動はプロレタリア階級をじわりじわりと真綿で首をしめる如く実にうまく圧迫しているのであるから、この圧迫を取り除くためには階級闘争が必ずつきまとう。組合運動は単なる個々の資本家相手の経済闘争にとどまらず労働者階級が団結して資本家階級及びその利益を代表する国家との階級闘争に至らなければならない」旨記載したパンフレツトを三〇〇部乃至四〇〇部作成し、同月二三日就業時間中である午前九時より同九時半頃原告の職場から約一五〇メートル離れた製土課に赴き、被告会社従業員である訴外Aに対し二、三分間にわたつて職場内で右パンフレツトを配布してくれるように依頼し、その外昭和三四年五月中耐酸課設計係に勤務していたとき勤務時間中数回いずれも三〇分から五〇分にわたつて理由なく無断で職場を離れた。
 そこで被告は原告に対し右の如き職場離脱の行為につき経過報告を求めるため昭和三四年五月二八、二九、三〇の三日間三回にわたり原告の上司である被告会社B技術部次長が顛末書を書くよう指示したが、原告はこれを拒絶した。更に同月三〇日労務課長C及び労務係長Dが原告に対し顛末書の提出を求めたが、原告はそういうものを書く必要はないと述べてこれを拒絶した。
 ところで被告会社はその経営方針として生産合理化を掲げ、その具体化として倍額増産、コスト三割減、賃金五割増を目標にした運動を続けた結果、従業員の労働量が多少多くなつたこともあつたが、その目標を達成し、昭和三三年七月一日従業員の組織する訴外E会社労働組合との間に労働協約を締結するに際しても協約第一三章に生産合理化運動の条項を設け、会社及び組合が協力して生産の合理化と企業民主化のために生産合理化運動を推進する旨協定した。そして労働組合では右運動に協力するため組合の婦人部年少者部の機関紙に右運動を否定する一組合員の意見が載せられたときには訂正を命じた。原告は右の如き生産合理化運動に強く反対し、「この運動は会社の利益になり事実会社の生産は上つて利益は殖えているけれども従業員の賃金は上つていない。それのみならず労働者がこのような運動に協力することは自分で自分の首を締めているようなものである」と考え、昭和三四年二月二七日の定期組合大会及び同年三月二日の臨時組合大会においても質疑に際し「資本主義社会の中で生産合理化運動を積極的に押し進めることはこれによつて現在少しずつ賃金は上つているかも知れないが、長い目でみれば自分で自分の首を締めるのも同然である」旨述べてこれに対する組合執行部の意見を求め、また日常同僚の従業員との話し合いにおいても右趣旨のことを述べていた。被告会社常務取締役Fは同年六月三日原告を呼び一時間前後にわたつて被告会社の経営方針に協力して勤務するよう説いた。しかし原告は被告会社が今後も生産合理化運動を続けて行くことに対し労働者として当然これに反対して行く旨述べ、且つ、会社の業績の向上に協力しない旨を表明した。
 そこで被告は原告が顛末書の提出を求めた職務上の命令に従わなかつたこと、パンフレツトを配布し職場秩序を紊したこと、生産合理化運動に真向から反対であること、執務就業上において職場離脱等懈怠の行為があつたことを理由として懲戒解雇すべく、労働協約第二四条の組合員の懲戒に関しては組合に協議の上行うとの規定に従い、昭和三四年六月三日訴外E会社労働組合に対し意見を求めたところ、同年六月二二日右組合から単なる解雇以下の処置をとられたい旨の回答があつたので右趣旨にそい、労働協約第三三条第二号及び就業規則等第六二条第一項第二号により会社の都合による場合に該当するとして原告に対し通常の解雇をなすに至つたものである。(右認定に反する乙第五号証の記載部分及び原告本人尋問の結果は措信しない)。
 右認定事実によれば、原告が前記パンフレツトに記載せられたような思想を有していることは明らかであり、被告会社においてはかかる思想を有するものを嫌忌するであろうことは推測されるが、本件解雇が原告において共産主義思想を有することをもつてなされたものと認めるべき証拠はないから、右解雇が原告の共産主義思想を理由としてなされたものであるという原告の主張は理由がない。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-政治活動〕
 原告は前記認定の如く就業時間中屡々職務に関係なく無断で職場を離脱したがこのような行為は就業規則第一条に所謂従業員の職場秩序維持義務に反したものというべきである。また、生産合理化運動は被告会社が会社の基本方針として執つて来たものであり、被告会社と同会社労働組合との間の労働協約においてもその第十三章において生産合理化運動なる章を設け、会社及び組合は協力して生産の合理化と企業民主化のため生産合理化運動を推進するという目的の下に各種の労資共同の機関を設置して右運動を推進すべきことを規定していて、生産合理化運動は会社と組合とが協力して行うべき重要な運動というべきであるから、組合員たるものは一応これを尊重して然るべく、もしこれに反対であるならば組合内部において組合活動として反対運動を展開し、終局的には労働協約を改定して自己の目的達成を意図すべきであり、また会社としては会社の営業成績の向上に寄与することを期待して従業員を雇傭するものであることは当然であるところ、原告が会社経営責任者の一人である常務取締役に対し現に労働協約に定められて居り会社の重要方針である生産合理化運動に反対し、且つ公然と会社の業績に協力しない旨表明するが如きは就業規則第一条に規定する従業員の職場秩序維持の義務及び生産昂揚の義務に反するものと言わねばならない。
 原告に以上の如く義務違反の行為がある以上は雇傭契約における信頼関係を破壊するものというべく、被告会社は就業規則第六二条第一項第二号労働協約第三三条第二号に規定する会社の都合による場合に該当するものとして原告を解雇するは正当であつて、これをもつて権利の濫用ということはできない。従つて本件解雇をもつて権利の濫用であるという原告の主張も亦理由がない。