全 情 報

ID番号 04612
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 近鉄タクシー事件
争点
事案概要  謝罪の意を含む文書である始末書の提出をしないことを理由とする懲戒処分は許されないとした事例。
 乗務停止処分をうけた後解雇されたタクシー運転手の賃金仮払の計算において、乗務停止処分がなされた日までを基準として労基法一二条の趣旨にならってその額を計算した事例。
参照法条 労働基準法12条
労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 始末書不提出
賃金(民事) / 最低賃金
裁判年月日 1963年2月22日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和36年 (ヨ) 1889 
裁判結果 認容
出典 労働民例集14巻1号340頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
 始末書提出の命令に従わないこと。前に「理由」一の(ロ)「始末書について」において認定したとおり本件における始末書は謝罪の意思表示を含む文書とみるべきである。だとすればそもそもそのような謝罪を会社は従業員に求めうるか否かが問題となる。勿論従業員が任意にこれを提出することは妨げないとしても、不提出の場合に何らかの制裁を加えて間接的に強制してまでこれの提出を求めうるかは疑わしい。何故ならばいうまでもなく雇傭契約は労働力の売買であつて、その労働者の意思、感情までもその取引の対象としている訳ではなく労働者にはその雇傭されている企業に対する債務の本旨に従う労務提供義務こそあれ、雇傭契約に基く拘束を超えて全人格的服従義務、いわば封建制下の忠誠義務のようなものはないのである。だとすると始末書の不提出自体を不都合な行為として懲戒解職(或は他の懲戒処分)の事由とすることは、これを間接強制する結果になるから許されないものというべきである。被申請人は始末書提出が会社設立以来行なわれて来た慣行で、それまで上司の提出命令に従わなかつた者はなかつたというが、もしこれがその背後に何らかの強制的契機を有しつつ実施されて来た慣行であるならば法的には許し得ないものというべく、許し得ない慣行はいくら長期間積み重ねても適法と化すべきいわれはない。
〔賃金-最低賃金〕
 申請人が会社から支払われる賃金だけで生計を維持するほかないことは申請人本人尋問の結果からこれを認められる。ところで地位保全仮処分で予想する賃金仮払に際しては、著るしい損害を避けるためにはどの位の賃金を少なくとも仮に支払うべきかといういわば必要性の判断が加わるので必ずしもいわゆる得べかりし利益としての賃金と同一視しえないとしても、特段の事情がない限り、賃金だけが唯一の生計維持源であることが疏明された以上、その得ていた賃金が仮に支払われるべき額であるとみてさし支えがない。とすれば申請人が会社で得ていた賃金はいくらとみるべきであろうか。申請人の得ていた賃金は各月によつてかなりの増減を示しどれをもつて一カ月の平均賃金算定の基準とすべきか困難な問題ではあるが、申請人は自動車運転士として会社に雇傭されたのであり、その稼働の常態は勿論乗車勤務であり乗務停止処分をうけたことは本件がはじめてでありむしろ異常な状態といえる。且自動車運転士の賃金構造は基本給料が比較的低く、能率給、燃料節約手当、車輌管理手当、深夜勤務手当、走行粁手当等の諸手当は乗務しない場合には支給されず、精勤手当も乗務しない場合には減額されるから、乗車勤務しているかどうかは支払われる賃金の額に決定的差異をうみだす。したがつて本件にあたつて乗務停止処分をうけた昭和三六年五月二七日以降の申請人の賃金状態は一応異常のものとして考慮の外におくべきである。とすれば正常の賃金算定のめどになりうる最終の日は同日であるからこれに労働基準法第一二条の趣旨にならつて同年三月分、四月分、五月分の各申請人が得ていた毎月の賃金の合計を三で割つたものをもつて平均賃金とみるべきであろう。だとすればこれは一カ月金二七、二三〇円となる。以上算定の基礎となる賃金額は成立に争のない疏甲第四号証の一乃至八、同乙第四号証申請人本人訊問の結果による。