全 情 報

ID番号 04651
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 小倉補給廠事件
争点
事案概要  争議行為に参加した駐留軍労務者全員につき入門を拒否した部隊司令官の行為がロックアウトとして使用者の賃金支払義務を免れさせるか否かが争われた事例。
参照法条 民法536条2項
労働基準法3章
労働基準法26条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / ロックアウトと賃金請求権
賃金(民事) / 休業手当 / 労基法26条と民法536条2項の関係
裁判年月日 1957年1月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和29年 (ワ) 10399 
裁判結果 認容
出典 労働民例集8巻1号109頁/時報100号19頁/タイムズ75号60頁/労働法令通信10巻4号5頁/ジュリスト129号80頁/訟務月報3巻3号41頁/労経速報235号2頁
審級関係
評釈論文 季刊労働法24号103頁/久保敬治・判例評論9号20頁/神戸法学雑誌7巻1号187頁/労働経済判例速報241号18頁/労働判例百選〔ジュリスト252号の2〕136頁/労働法学研究会報282号1頁
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-ロックアウトと賃金請求権〕
 使用者の唯一の争議行為として一般にロックアウトが挙げられるが、右は労使間における労働関係についての意見の不一致による紛争を自己に有利に解決する手段として、使用者が労働者を一時的に作業所たる物的施設から事実上排除し作業所を自己の支配下におき、労働者たる相手方に圧迫を加える行為をいうものと解せられる。
 〔中略〕
 部隊のとつた本件措置は駐留軍労務者の事実上の使用者である軍側が当時支部組合から要求していた十項目の要求事項についての紛争を使用者側に有利に解決するため、労働者に圧迫を加える目的でなした所為であることを看取するに充分である。而して、部隊が本件措置にでるとの通告は八月四日夜使用者たる国の機関たる労管所長から支部組合委員長に対しなされていることは当事者間に争いないところであつて、これをロックアウトの宣言と解することができるし、また、労働者の作業所からの排除による使用者の事実的支配は前記入門拒否によつて成立したものと認められるから、本件措置は部隊が争議行為としてのロックアウトをなしたと解するのを相当とする。
 〔中略〕
 市民法のみによつて労使関係を律するときは実質的な労使対等を維持することができないのでこれを調整するため保護法たる労働法が発展し、同法が労働者に争議権を与えることによつて実質的な労使対等を得させることを使命としているものというべきであつて、このことは日本国憲法が団体行動権を保障し労働組合法が労働者の争議行為につき民事及び刑事免責規定を特に明記しているのに反し使用者の争議行為の権利性については憲法及び労組法中に右の如き規定を見出し得ないことからも、そのような法の意図を推察するに難くない。それ故労使対等の原則から直ちに使用者の争議行為の権利性を容認することが法の精神に合致するものとは考えられず、従つて実定法に何等明文規定のない以上、使用者のなすロックアウトを民事上免責を受くべき労働法上の権利として容認するに足りないものといわざるを得ない。
 してみればロックアウトであるということ自体によつて当然に使用者が労働者に対して賃金支払義務を免れる理由とすることはできないし、また民法第五百三十六条第二項にいうところの責に帰すべき事由に当らないとなし難いので、結局具体的の場合において民法第五百三十六条第二項の規定その他一般私法上の原則に則つて賃金支払義務の有無を考える外はないといわなければならない。即ち、民法第五百三十六条第二項は債権者の責に帰すべき事由による履行不能を要件としているから、この要件を満さぬ場合は労働者は反対給付を受け得られないわけである。
 従つて例えばロックアウトが緊急避難行為に該当しその他やむを得ない事由あるときは使用者の責に帰すべからざる事由による労務不受領と解すべきであるので使用者の雇傭する労働者の所属する労働団体が使用者に著しい損害を及ぼすべき争議行為に出ている場合、あるいはかかる争議行為に出ることが明白である場合等争議行為によつて発生し、又は発生のおそれある著しい損害から企業を防禦する必要上緊急やむを得ないロックアウトの場合には使用者は労務提供をなした労働者に対する反対給付義務を免れ得るものと解するのを相当とする。
 右の観点から本件ロックアウトを検討すると、その通告がなされたのは八月四日夜であつて、支部組合の四十八時間ストライキ終了予定時刻の数時間前であることは当事者間に争いないことさきに述べたとおりであり、また組合において右スト終了後更に続いて争議行為に出る意図も客観状勢もなかつたことは弁論の趣旨によつて明らかであること、部隊司令官はストライキに入つた労務者はストライキ終了後も組合との紛争状態が協約によつて解決されるまで無期限に就労を許さないとの態度を持していたことは前顕甲第二号証(同号証の一が原文、同二が翻訳文)及び第三号証により明らかであること、且つ、本件ストライキ中部隊門前においてさきに認定した程度の軽微な事故は若干発生したとはいえ、本件ロックアウト通告当時支部組合が部隊施設の占拠其の他施設の安全が危険に瀕する虞れがあるような争議行為に及んでいたとか、若くは及びことが明白な状況にあつたとき争議により著しい損害発生の危険があつてこれを避けるため已むを得ない事情の存在等の点についてはこれを認むべき証拠がないこと等を綜合して考察すれば、軍側は組合側からの要求事項に基く支部組合との紛争を自己に有利に解決する手段として専ら積極的攻撃と前記ストの報復のために本件ロックアウトに及んだものと認めるのが相当であつて、右に述べた如き緊急防禦若しくはこれに準ずるやむを得ない事由によるものとは到底認められない。
〔賃金-休業手当-労基法26条と民法536条2項の関係〕
 被告は更に被告(調達庁)の定めた駐留軍労務者給与規程によると「軍の都合により使用人を休業せしめた場合は一日につき平均賃金の六割に相当する休業手当を支給する」旨規定されているから、もし右ロックアウトにより賃金支払を免責されなくとも、軍都合による休業として平均賃金の六割相当の金員につき支払義務を負うに過ぎないと主張する。しかしながら、右規定は労働基準法第二十六条と同趣旨のものであつて、右法条の要件を満たす場合駐留軍労務者も休業手当を支給されることを注意的に規定したに止まるものと解されるが、労働基準法第二十六条は民法上使用者の責に帰すべき事由による履行不能として賃金全額の支払義務ある場合につき、特に労働者の賃金請求権を六割に減額してその権利を労働者に不利益に制限したものとは到底解せられない。寧ろ民法上の請求権とは別個無関係の観点から一定の構成要件の下に労働者の生活維持のため労務の提供も得たる利益の償還も要せずして、その一部たる百分の六十を休業手当として罰則附加金の制裁附で使用者に請求できる権利を創設した制度と解すべきである。