全 情 報

ID番号 04677
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 アサヒタクシー事件
争点
事案概要  タクシー運転手がさし迫った組合活動のため無断で運転交替をし、一時間半ほど自己の職場を離れ、その間運転者が事故を引き起したことにつき経営秩序を乱したとして懲戒解雇された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務懈怠・欠勤
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
裁判年月日 1957年12月24日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 昭和32年 (ヨ) 308 
裁判結果 認容
出典 労働民例集8巻6号845頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕
 労働協約には、組合員の賞罰に関しては会社側と組合側との双方の委員をもつて構成された賞罰委員会に諮り、賞罰の必要その種類その程度を審議した上これを行う旨定められていることが疏明される。しかして、懲戒解雇について考えれば、この協議約款は、労働者にとつて従業員たる地位の喪失その他の不利益をもたらす解雇に関し労働組合が労働者の利益のために使用者に資料を提供しかつ意見を開陳して使用者の意思決定に参画する機会を保障し、もつて労働者の地位の確保を期するものと解されるから賞罰委員会において審議の対象とならなかつた事由をもつて解雇することは許されないものといわねばならない。つまり、協議約款に反し審議されなかつた事由が解雇事由として附加されても、このことから直ちに当然に当該解雇の無効をきたすことはないけれども、解雇の効力が争われた場合には解雇事由とせられているもののうち賞罰委員会における審議の対象とされなかつた事由はこれを排斥し、ただ賞罰委員会の審議の対象となつた解雇事由のみによつて当該解雇の効力の有無について判断をなし、その結論を出さねばならないと解する。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕
 債権者が債務者会社に無断で奥矢に運転を交替してもらつた所為は、翌日に迫つた地方労働委員会の斡旋の席上提出すべき資料を整備するためになされたものであり、それが差し迫つた重要な要件であることは否定し得ないにせよ、そのため事前に債務者会社の了承を得るいとまが全くなかつたとは、本件の証拠上認められないのみならず、仮にその時間的余裕がなかつたとしても、右債権者の所為が、自動車の運行を管理する立場にある債務者会社の経営秩序を乱すばかりでなく、ひいては不測の事故の発生原因ともなりかねないものであつて、経営者としてこれを重視し問責する態度に出るのは一応純理としては当然であると考えられるのである。
 しかしながら、証人A、同B、同C、同Dの各証言及び債権者本人尋問の結果によると、債務者会社においては、いわゆる乗番として乗車勤務日に当つている従業員が組合の執行委員会や会社との団体交渉に出席するため、或は突発的な用件が生じたために、いわゆる下番と称する乗車勤務に当つていない同僚の運転手に対し、会社の承認を得ずに任意依頼して一定時間交替運転を引受けてもらうことが、さして不都合な行為とは考えられずに事実上行われて来ており、債務者会社側としてもそういうことが行われていることを知らないわけではなかつたこと、そしてこのような事例は他のタクシー会社においても存在することが一応疏明されるのであつて、債務者会社にあつてはこれを明示的若しくは黙示的に許容していたものとはいいえないが、これに対しかつて警告を発する等適切な処置を講じて従業員の注意を喚起する方策がとられないまま放置されており、ここ両三年の間においては前示債権者とE間の運転交替の事件が発生した後であり、しかも昭和三二年六月ストライキ解決後に至つて始めて任意の交替を禁ずる通達が出されたに過ぎないことは、証人A、同Dの証言及び債権者本人尋問の結果によつて一応認められる。証人Eの証言並びに同証言によつて真正に成立したと認められる乙第三号証の記載によると、任意の運転交替につき現在兵庫県下のタクシー業界においても厳重な態度を示していることが認められないわけではないが、又それが公式的な見解であり或は正当な解釈であるとしても前示の認定の妨げとなるものでなく、証人F、同G、同H、同I、同J、同Kの各証言中前示認定に反する部分は信用しない。それ故、本件において問題となつている債権者の前示の所為は、一応非難に値するものがあるけれども、これを従来から債務者会社の運転手の間でいわば慣習的に行われ格別注意を受けたことのない無断運転交替の事例と対比すると、債権者の右所為の場合だけを特別に考えねばならない合理的根拠を見出すことは困難である。従つて、債務者会社が債権者の右の所為をにわかに取り上げてこれに対し解雇をもつて臨んだことは、他に特段の事由がない限り、いささか過重な処分とみるほかないこととなるわけである。もつとも、証人Eの証言並びに債権者本人尋問の結果によると、Eは前日から昼夜二四時間勤務を終えたばかりの時であり、債権者はこの事実を認識していたことが疏明されるので、この点債権者は同僚の中に交替者を探すにしてもその選択は軽卒のそしりを免れず、前示事故の発生の原因を作つたものとして責められねばならない。又、前掲甲第一号証の一によつても、債務者会社において組合活動は特に許された場合を除き勤務時間外に行う旨労働協約にも定められているところであつて、債権者の所為は一面無断で職場を離脱したものであり、その目的は前記のとおりで特に悪意に出たものともみられないが、組合長として甚だ軽卒な振舞であつたとのそしりを免れないところである。しかし、債権者が本件所為に出た事実関係が前記のとおりとすれば、幸に事故も軽微であり、その時間も短時間で終つているのであるから、これら債権者の判断の軽卒さを考慮に入れてもいまだ懲戒解雇を相当とする結論には至らない。
 要するに、債権者の右所為は、職場の秩序を乱した点において賞罰委員会規定第五項第三号、業務上の怠慢によつて事故を発生させた点において第四項第七号に該当するが、本件懲戒解雇の効力の有無をこの債権者の所為のみによつて判断しなければならないとすれば、債務者会社が右の所為をとらえて懲戒するにつき賞罰委員会規定第五項に定めるところの解雇、出勤停止及び減給のうちの最高の処分たる解雇をもつて臨んだことは、著しく過重な処分というべく従つて労働協約たる賞罰委員会規定の適用を誤つた違法があるというほかない。してみると、本件懲戒解雇処分を違法とする債権者のその余の主張について判断するまでもなく、右解雇処分はこの点において無効であると断じなければならない。