全 情 報

ID番号 04704
事件名 労災保険決定取消請求事件
いわゆる事件名 飯塚労基署長事件
争点
事案概要  採炭夫として炭坑で業務中の事故により左示指を負傷し一四級の障害等級に該当するとされた者が、右負傷に基づく障害は一一級または一二級に該当するとして争った事例。
参照法条 労働基準法76条
労働基準法77条
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 休業補償(給付)
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 障害補償(給付)
裁判年月日 1959年11月13日
裁判所名 福岡地
裁判形式 判決
事件番号 昭和32年 (行) 11 
裁判結果 取消
出典 労働民例集10巻6号1191頁/訟務月報5巻12号1712頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
 労働者災害補償保険法第十二条、労働基準法第七十七条は労働者が業務上負傷し「なおつたとき」その時期において障碍の有無程度を審査し、身体に障碍が存すると認めた場合にはその障碍の程度に応じて障碍補償費を支給すべきことを規定している。
 しかして、労働者災害補償法の目的が、労働者の迅速な保護のために障碍保障請求権の権利関係を確定しようとするところにあり、更に右障碍補償は原則として一時支給金であつて支給後その傷病について再び症状が悪化した場合には再補償、外科的処置の手段もとられ得ることを考え合せるならば右にいう「なおつたとき」とは医学上の治癒の時期とは必ずしも一致せず、症状が固定し、その後療養を続けても医学効果を期待し得なくなつた状態に至つたときを基準とし、その時において予見の有無を問わずあきらかとなつている状態を調査して障碍の有無、程度を認定するものと解すべきである。
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-障害補償(給付)〕
 次に右時期における原告の障碍程度について、被告は労働者災害補償保険法施行細則別表第一の身体障碍等級表第十四級第九号の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると主張し、原告は同表第十一級七号の「一手の示指の用を廃したもの」もしくは第二級第十二号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当すると争うのでこの点について判断する。
 前掲甲第二号証の三、同号証の五、同号証の七と証人A、同Bの各証言によれば、訴外Bは飯塚基準監督署の労災保険の審査係官として、昭和三十年二月九日C病院外科診療室で原告の前記負傷に基く障害程度を調査し、レントゲン写真により左示指第一指骨折、腱断裂(縫合)、骨折部の癒合良好、転位認められずと判断し、角度計による測定によりその運動範囲は屈曲度百二十度、伸展度百八十度と判定し、左示指々関節の屈伸障害が僅かに認められるのみで、障害等級は十四級の九号に該当するものと認定したこと、右調査には主治医のAが立会つており、同人の診断書にはその程度を左示指は第一指骨関節部で稍々彎曲していること、運動範囲は左示指第一指関節で屈曲度百四十度、伸展度第百六十度となつており、左示指第一指関節上周径六・五糧、左中指末関節上周径は腱側に比べ〇・五糎の肥厚があることを認め、障害等級は十一級の七号と認定されていたこと、右Bはその調査に際しては右診断書は見たが、特に右A医師につきその意見をただすこともなく、角度測定の誤差程度の問題と考えただけで屈筋腱の癒着乃至はその可能性について考慮することなく前記のように認定の上被告に対し報告したこと、A医師の前記診断当時は屈筋腱の断裂に対する腱縫合によりある程度の腱の癒着の可能性は推定でき、かつ当時左示指は第一指骨関節で指が伸びない状態にあつたことを認めることができ、また成立に争のない甲第二号証の八及び証人Dの証言によれば、原告の審査請求に対する審査について、訴外Dは、同年六月二十一日原告の障害の程度について左示指第一指関節部の屈側及び背側並びに中指末関節背側に挫創瘢痕、また左示指第二節以下軽度の筋萎縮を認めた上左示指、中指の運動制限は軽度であつて二分の一に達しないと認定しているが、同人はその調査に際し主治医の立会もなく、障害部位の外観を見て簡単な運動測定を一回したのみで本件決定を支持したものであることが認められるし、他方証人Eの証言と同鑑定人及び同Fの各鑑定の結果によれば、昭和三十三年八月及び九月中原告の左示指第一指関節の運動障害の程度は、屈筋腱の癒着に起因し、障害等級表十一級の七号に該当することを認めることができる。右認定の事実に反する証拠はない。
 右認定の事実からすると、本件決定の際の調査の日と前記A医師が診断をした日との間は二十日間にすぎず、その間特に原告の傷害が快方に向つたような事情も認められず、かつ前記鑑定は本件決定から約三年六月を経過した後のものではあるが、その結果が右A医師の診断による認定と同一結論に帰着していること及びこの間右傷害が増悪したと認める特段の事情のない本件では右癒着は前記傷害の自然的経過によつて生じているものと認むべく、本件決定の当時は前記A医師の認定した障害の状況は未だ存続していたものと解することができる。しかして前記診断書によれば原告の障害の程度は本件決定当時、左示指第一関節には障害等級表第十一級の七号に該当する運動障害を残していたものと認めるのが相当であるから、これと異なる認定に出た被告の本件決定は失当として取消を免がれない。