ID番号 | : | 04713 |
事件名 | : | 地位保全等仮処分申請事件 |
いわゆる事件名 | : | 新日本ハイパック事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 仕事上のミスをした労働者に対する研修を理由とする出向命令が拒否されたとして使用者が行なった懲戒解雇の効力が争われた事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法2章 労働基準法89条1項9号 |
体系項目 | : | 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の限界 |
裁判年月日 | : | 1989年2月3日 |
裁判所名 | : | 長野地松本支 |
裁判形式 | : | 決定 |
事件番号 | : | 昭和62年 (ヨ) 55 |
裁判結果 | : | 一部認容却下 |
出典 | : | 労働判例538号69頁/労経速報1365号9頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕 会社には、右労働協約及び就業規則の各規定のほかには、出向の諸条件について具体的に定めた規定は見当たらないところであるが、右労働協約及び就業規則の各規定は、会社において債権者に対し、労働契約の内容として明示した労働条件の範囲内にあるものとして系列会社への出向を命ずることのできる特段の根拠となるものと解するのが相当である。 しかし、会社において本件出向命令を債権者に対し発することにつき、特段の根拠があるとしても、もとよりその権利の行使は信義誠実の原則に従ってなされるべきであり、当該具体的事情のもとにおいて、出向を命ずることが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、右命令は、信義則違反ないし権利の濫用に当たるものとして、無効となることはいうまでもない。 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕 債権者の従事していた原紙運搬業務においては、債権者がリーダーとして指導すべき部下はなく、本来、会社が本件出向命令に及んだ趣旨は、前記認定のとおり、本件配紙ミスを契機として債権者について以後配紙ミスのないように、意識改革の必要性を認識したからにほかならなかったのであって、会社が、本件配紙ミスを契機として、債権者に対し、原紙運搬業務のみでなく、より広くクランプリフトの標準作業手順を修得させ、もって、同部門全体における指導的役割に昇進させることを意図したものでは決してなかったし、もとより会社より本件出向命令について会社がそのようなことを意図していることについて、債権者に対し説明がなされたことに沿う証拠はない。これを要するに、原紙運搬作業に長年に亘って従事してきた債権者にとって、原紙運搬業務に必要な知識経験において、格別研修をしなければ、同業務を処理できない点のあったことを認めるに足りる証拠は見当たらず、本件配紙ミスは単純な確認ミスの性質のもので、この点の意識改革を求める必要性のあることは肯認できないではないが、そのために会社の主張するような体験を松本工場を離れて遠隔の地の東日本ハイパックにおいて最長三年間に亘って受けさせなければならないという点について、合理的な根拠があるものとは、とうてい理解し難い。 すなわち、本件出向命令は、本件配紙ミスを契機として債権者の再教育の必要性からなされたものではあるが、その再教育のために、松本工場を離れて遠隔の地の東日本ハイパックにおいてこれをなさざるを得ない合理的理由が見当たらないばかりか、本件出向命令は債権者にとって家庭生活上重大な支障を来たし、極めて過酷なものであるにも拘らず、その点につき会社はなんら配慮した形跡がなく、さらに前記認定の債権者のみならず、他の従業員らの作業ミスに対する会社の従前の対応の仕方、会社から系列会社への出向事例にみられるその目的と人選の内容等を総合考慮すれば、本件出向命令は、その余の点につき判断するまでもなく、会社及び債権者間の労使の関係において遵守されるべき信義則に違反した不当な人事であり、権利の濫用に当たり無効のものと云わざるを得ない。 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続〕 右労働協約と就業規則の各規定が、賞罰審査委員会において一定の議決を得ることまでを懲戒処分の有効要件とした趣旨のものとは、直ちには解されないが、しかし、少なくとも、労使双方が信義則に基づき誠実に懲戒処分の正当性をめぐって協議することを要請しているものと解すべきものであるから、この限りにおいて、従業員に対し、懲戒処分における重要な手続的保障を規定した趣旨のものと解され、したがって、この手続を懈怠した懲戒処分は、当該懲戒事由の内容、当該処分の種類・内容、手続懈怠の事情如何によっては、労使の関係を規律する信義則に違反する程度が著しいものとして、無効となる場合があるものと解するのが相当である。 しかるところ、前記認定のとおり、本件懲戒解雇については、賞罰審査委員会が開催されなかったのであるが、その解雇処分を決定するに際して、同委員会の趣旨・目的に沿って委員を選任し、同委員会を開催することが、事実上不可能であったとか、あるいは、実質的に同委員会の協議に代わるものと見られる話合が、会社と組合との間においてなされたとか、その他開催をしなかったことについて、合理的な理由が存在したなどの事情についてこれを疎明するに足りる証拠はなんら見当たらないのである。そうすると、本件懲戒解雇は、懲戒の種類において最も重いものであって、債権者の地位・生活に重大な影響を及ぼすものであるところ、その解雇事由は、作業ミスを原因とする出向命令に従わなかったというところにあるのであるから、その正当性を判断するに当たっては、当該作業ミスに対する評価とともに、出向命令の妥当性をめぐって、慎重なる検討を要するものであって、まさに賞罰審査委員会に諮るべき重要な案件であったにも拘らず、会社においては同委員会の開催手続を、なんら合理的理由もなく懈怠したことは、重大な信義則違反を犯したもので、右手続の懈怠は本件懲戒解雇を無効ならしめるものと解すべきである。 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕 本件懲戒解雇は、本件出向命令が権利の濫用に当たり無効のものであって、債権者がこれを拒否したことには、正当の理由があるから、右拒否をもって就業規則八三条二号の解雇事由に該当するものと認めることができない以上、本件懲戒解雇は、右就業規則の規定の解釈ないし適用を誤ったものとして無効のものと云うべきであり、かつ就業規則八一条前段の懲戒手続においても、重大な瑕疵があって、著しく信義則に違反し、この点からも無効のものと云うべきである。 |