ID番号 | : | 04737 |
事件名 | : | 損害賠償請求控訴事件 |
いわゆる事件名 | : | 日鉄鉱業・長崎じん肺訴訟事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 炭鉱従業員らがじん肺罹患につき使用者に対し安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求した事例。 |
参照法条 | : | 民法415条 民法166条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任 |
裁判年月日 | : | 1989年3月31日 |
裁判所名 | : | 福岡高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和60年 (ネ) 181 昭和60年 (ネ) 182 昭和60年 (ネ) 339 昭和60年 (ネ) 701 |
裁判結果 | : | 一部変更・認容・取消・棄却,一部控訴棄却,一部認容(上告) |
出典 | : | 時報1311号36頁/タイムズ698号64頁/労働判例541号50頁 |
審級関係 | : | 一審/長崎地佐世保支/昭60. 3.25/昭和54年(ワ)172号 |
評釈論文 | : | 三代川俊一郎・平成元年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊735〕40~41頁1990年10月/松本克美・ジュリスト942号98~101頁1989年10月1日 |
判決理由 | : | 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕 当裁判所も、次のとおり付加、訂正するほかは、当事者につき、原審と事実の認定を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決ア1表三行目から同ア2表一〇行目まで)を引用する。 〔中略〕 一 本件損害賠償請求権は、雇用契約から信義則上生じる安全配慮義務の違反による損害賠償の請求である。すなわち、本件において、第一審被告は雇用契約上本来の給付義務として賃金支払債務の他、労働場所提供等の債務を負っていたところ、安全性に欠ける労働場所を提供し、その他安全配慮義務を履行しなかったために第一審原告ら元従業員がじん肺に罹患して健康障害等の損害を受けた、というものである。右安全配慮義務は、本来の給付義務に付随するものではあるがその内容を成すものではなく、これと法的性質を同じくするものではないから、右安全配慮義務の不履行は積極的な債権侵害として、本来の給付義務の不履行の場合と異なって理解すべきである。消滅時効の関係においても、右安全配慮義務不履行による損害賠償請求権は、その発生の時から消滅時効が進行するものというべく、本来の給付義務と同一の運命に服しこれと共に消滅するものと解すべきではない。これを本件に即して実質的にみても、後記認定のとおり、じん肺はその発症まで長期の潜伏期間があり、一定の程度に至った病状は治ることなく進行するものであることを考えると、遅くとも本来の給付義務の履行請求可能な最終時である退職時から時効期間たる一〇年以上経過した後に発症したときは、右安全配慮義務不履行による損害賠償請求権は、その行使の機会が全くないまま時効により消滅することになり、著しく不合理な結果となるからである。 しかしながら、本件損害賠償請求権も契約上の債権であるから、民法一六七条により一〇年の消滅時効期間に服し、また、右時効の起算点は、同法一六六条の適用を受け、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」から進行するものと解すべきである。そして、右の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、権利を行使するにつき法律上の障害がなく、さらに権利の性質上その権利行使を現実に期待することができる時と解すべきところ、これを本件に即していえば、安全配慮義務違反による損害が発生した時、すなわち、第一審原告ら元従業員のじん肺罹患の症状が現実化、顕在化した時(発症の時)に本件損害賠償請求権が成立し、この時から消滅時効が進行するものと解するのが相当である。けだし、権利を行使するにつき法律上の障害がなくとも、権利の性質上その権利行使を現実に期待することができない状態のもとで消滅時効が進行するものとすれば、前記のとおり権利行使の機会が全くないまま時効消滅する場合も生じ、相当でないから、本件損害賠償請求権が雇用契約上の信義則に由来する権利であることに鑑み、殊に粉じん暴露から通常、数年から一〇年ないし二〇年の長期の潜伏期間を経てじん肺の症状が発現するという本件のような場合においては、消滅時効の起算点の関係では、じん肺罹患の症状が現実に発現し、顕在化した時に安全配慮義務不履行による健康被害の結果(損害)が発生したものというべく、したがって、右時点において初めて、第一審被告による過去の安全配慮義務不履行の存在が客観的に認識可能となり、本件損害賠償請求権の行使を現実に期待することができるからである。 もっとも、じん肺症状の発現の仕方は一様ではなく、時間的経過を経て多様な症状を呈する進行性疾患ではあるが、前示のじん肺症状の発現、顕在化した時とは、当時の医学的知見のもとで、じん肺の有所見の診断が可能な程度の症状が発現し、かつ、じん肺に罹患したことが客観的に確認された時というべく、これを本件に即していえば、第一審原告ら元従業員がじん肺(けい肺)に関する最初の行政上の決定(けい特法ないしけい臨措法上の症度決定、旧じん肺法上の健康管理区分決定、改正じん肺法上のじん肺管理区分の決定)を受けた日とするのが相当であるから、その翌日をもって一〇年の消滅時効の起算日とすべきである。 ところで、第一審被告は、消滅時効の起算日は、行政上の決定の有無にかかわらず第一審原告ら元従業員につき初めてじん肺(けい肺)の有所見の診断がなされたときとすべきである旨の主張もするけれども、右行政上の決定は、後記のとおり、じん肺審査医が公定の診断方法により診断、審査した結果に基づき、行政機関が慎重に検討した上でなされる決定であって、その手続及び内容ともに統一性と公正の担保された信頼性の高い公的判断であるから、客観性、画一性の要請される時効制度の趣旨に鑑み、右行政上の決定により、じん肺に罹患したことが客観的に確認されたものとして、右決定の日を消滅時効の起算点に措定するのが相当である。 したがって、第一審被告の右主張は採用することができない。 なお、第一審原告らは、本件の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求権は、不法行為に基づくそれと法的構造が同一であるから、その消滅時効の起算点については、不法行為の場合の民法七二四条前段の規定を類推適用すべきである旨主張するが、安全配慮義務の契約法的性質に徴すれば、本件損害賠償請求権については、民法一六六条一項に定める一般原則に従い「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」から消滅時効が進行するものというべく、契約上の債務不履行の法理と不法行為の法理とが峻別されている現行法体系のもとでは、本件損害賠償請求権が不法行為に基づく損害賠償請求権と類似の法的性質を有するからといって、消滅時効の起算点についてのみ、右の一般原則と別異に解するのは相当でないから、右主張は採用することができない(第一審原告らが本件において安全配慮義務違反を理由とする債務不履行による損害賠償請求のみを選択し、不法行為の基づく損害賠償の請求をしていないことは訴訟上明らかである。)。 二 第一審被告は、本件損害賠償請求権は商行為である雇用契約によって生じた債権であるから、商法五二二条の適用を受け、五年の消滅時効期間に服する旨主張する。 しかしながら、商法五二二条が適用または類推適用されるべき債権は、商行為に属する法律行為から生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ、前示のとおり、安全配慮義務は、雇用契約上の付随義務として信義則上第一審被告が第一審原告ら元従業員に対して負担する義務であり、右義務の違反による本件損害賠償請求権は、第一審原告ら元従業員に生じた損害の公正な填補を目的として新たに発生した債権であって、雇用契約に基づく本来の給付義務とはその法的性質を異にし、これとの同一性を観念する余地はなく、しかも、商事取引関係の迅速な解決のため短期消滅時効を定めた前記法条の立法趣旨からみても、本件損害賠償請求権をもって商行為によって生じた債権に準ずるものと解することもできないから、その消滅時効の期間は、前示のとおり民事上の一般債権として民法一六七条一項により一〇年と解するのが相当である。 |