全 情 報

ID番号 04758
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 学校法人倉田学園事件
争点
事案概要  高校教師(教諭)が学校側の始業時刻の変更に理由なく従わなかったこと、許可なく学校の教育方針を批判する文書を頒布したこと等を理由として非常勤講師(期間一年)に降職する処分を受けたことにつき右処分を不当としてその効力を争った事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
裁判年月日 1989年5月25日
裁判所名 高松地
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (ワ) 153 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 労働民例集40巻2・3号364頁/タイムズ713号159頁/労働判例555号81頁/労経速報1392号19頁
審級関係
評釈論文 道幸哲也・法学セミナー35巻6号137頁1990年6月
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 一般に、使用者がその雇用する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もつて企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であると解されるが、使用者の懲戒処分の根拠については、以下のように考えられる。すなわち、使用者とその従業員である労働者との法的な関係は、対等な当事者としての両者が労働契約を締結することによつて初めて成立するのであるから、使用者の労働者に対する権限も、労働契約上の両者の合意にその根拠を持つものでなければならない。使用者の経営権は、労働者に対する人的支配権をも内容とするものではないし、従業員に対する指揮命令権も、労働契約に基づいて許される範囲でしか行使し得ないはずのものである。したがつて、使用者の懲戒権の行使は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている限度でのみ可能であると解するのが相当である。
 もつとも、懲戒について個別の労働契約上の合意や労働協約がなくても、懲戒の事由と内容が就業規則に定められている場合には、使用者と労働者との間の労働条件は就業規則によるという事実たる慣習を媒介として、それが労働契約を規律すると解される。ただし、就業規則に定めさえすれば、どのような事項であれ、使用者と労働者の間はこれによつて規律されるというような事実たる慣習は存在しないから、就業規則に定められた事項のうち事実たる慣習を媒介として労働契約を規律する事項は、労働契約によつて定め得る事項、すなわち、労働契約の内容となり得る事項に限られるというべきである。そうすると、使用者が一定の場合(懲戒権の行使の場合も含む。)に雇用としての同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更し得ることを就業規則に規定することはできるとしても、社会通念上全く別個の契約に労働契約を変更することは、もはや従来の労働契約の内容の変更とはいえず、従来の労働契約の終了と新たな労働契約の締結とみるほかはないから、このような事項は、労働契約の内容とはなり得ない事項であると考えられる。したがつて、就業規則にそのような事項が定められても、それは労働契約を規律するものとはなり得ないというべきである。
 そこで、本件についてこれを検討するに、被告が懲戒処分として降職処分を就業規則に定め得るとしても、それは、同一の労働契約の内容の変更とみられる職種の変更に限られるというべきである。そうすると、A校の前記就業規則中、校長から教頭への降職や教頭から教諭への降職に関する部分の規定は、事実たる慣習を媒介として労働契約を規律し、これを根拠にそのような降職処分をすることは許されるということができる。しかし、教諭から常勤又は非常勤の講師への降職は、終身雇用が予定された契約からこれを予定しない契約に変更するものであつて、社会通念上教諭としての労働契約の内容の変更とみることはとうていできないから、A校の前記就業規則を根拠に、教諭を常勤又は非常勤の講師に降職する懲戒処分をすることは許されないものというべきである。