全 情 報

ID番号 04778
事件名 退職金請求/未払賃金請求事件
いわゆる事件名 中部日本広告社事件
争点
事案概要  退職六カ月以内に同業他社に就職した場合は退職金を支給しない旨の退職手当支給規定に基づいて退職金を支給されなかった者が右退職金を請求した事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 競業避止と退職金
裁判年月日 1989年6月26日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (ワ) 3524 
昭和62年 (ワ) 3233 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1325号144頁/タイムズ712号111頁/労働判例553号81頁/労経速報1382号24頁
審級関係 控訴審/05465/名古屋高/平 2. 8.31/平成1年(ネ)386号
評釈論文 小畑史子・ジュリスト964号131~133頁1990年10月1日/赤西芳文・平成元年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊735〕398~399頁1990年10月
判決理由 〔賃金-退職金-競業避止と退職金〕
 被告会社において退職金制度の存在は就業規則(その細則としての支給規定を含む。)を介して労働契約の内容になっていることは明らかであり、支給額は基本的に基準内賃金と勤続年数に従って定まること、支給条件及び支給額は明確であり裁量の余地は殆どないことに照らすと、原告と被告会社との労働契約における退職金の基本的性格は労働の対償であり、労働基準法にいう賃金の一種であるといわなければならない。したがって、本件の退職金については、原則的に、労働基準法の賃金に関する規制が及ぶと解される。
 被告は、退職金の本質は在職中の功労に対する報償であると主張する。たしかに、沿革的にみると退職金制度は使用者による任意的、恩恵的な給付を基礎として発達したものであり、現在においても使用者は退職金制度を設けることを強制されているわけではない。しかし、ひとたび就業規則を介して退職金制度の存在が労働契約の内容となり、使用者の退職金支払義務が明確化し、労働者にとってそれが重要な労働条件として意識されるようになると、退職金の基本的性質は労働の対償に転化するといわざるを得ない。
 もちろん、その場合でも、退職時までは具体的請求権として成立しないという特質から、退職金には通常の賃金と同一に論じられない部分があり、また前記の沿革的特質に照らし、労働の対償たる基本的性質の否定とならない限度において、退職金制度に功労報償的性格を付与することを全面的に否定するのは相当でない。しかし、退職金制度を設けるか否かは使用者の自由であるということから、当然に使用者が設定した基準によってのみ具体的権利が発生すると解することはできない。
 4 原告が退職後六か月以内に広告代理業を自営したことは当事者間に争いがない。そして、本件不支給条項は、退職後六か月間同業他社へ就職しないことを退職金債権発生の停止条件とする(同業の自営もこれに準じて扱う。)ものと解されるところ、右条件不成就の場合退職金債権が発生しないとすることは、退職後の事情によって退職時までの労働の対償である退職金を労働者に取得させないとするものであり、実質的に労働基準法二四条の定める賃金全額払の原則に反する内容を定めているといわざるを得ない。
 賃金全額払の原則は、労働契約上の労働者の基本的権利に関するものであり、安易に例外を認められるべきではないから、本件不支給条項は、右原則に反する定めをするにつき合理的な理由が認められない限り、その効力は否定されるべきである。
 被告は、退職後六か月以内に同業他社へ就職することは、在職中の功労を滅却させる旨主張するが、功労に対する評価は支給額算定の方法の中で定型的に処理されているのであり、退職金の基本的性質を賃金と解する以上、改めて退職金債権の発生を功労の有無にかからせることが合理的であるとは到底解しがたい。
 本件不支給条項の定めによれば、その意図とするところは、主として、被告会社を退職した者が退職後六か月間同業他社へ就職しないよう牽制することにあると認められる。
 《証拠略》によれば、広告代理業特に被告会社のような中小の業者においては、営業社員と顧客との個人的なつながりが密接であるため、営業社員が退職して同業他社に就職し、あるいは自ら広告代理業を営む場合には、従前の顧客が当該社員と共に移動する傾向があり、その場合会社が被る営業上の不利益は少なくないことが認められる。また、《証拠略》によれば、退職した社員が従前の顧客を吸引し得るのは、当該社員の個人的資質、能力のみによるとはいえず、従前の会社において会社の力を背景に営業活動をしたことの成果をも利用する面があると認められるから、これを禁ずる趣旨で、従前の勤務の影響力が強いと認められる一定期間、退職社員に対し競業避止義務を課すこと自体は必ずしも不合理とはいえない。
 しかしながら、実効性ある競業禁止を実現させるために、基本的性格が賃金であると認められる退職金の発生を全面的に右競業避止にかからせることは、退職金の右基本的性格及び退職金には退職労働者の退職直後の生活を保証する役割が期待されていること、更に競業禁止は職業選択の自由という基本的自由に関わる問題であることに鑑み、原則として、許されないと解すべきである。
 もっとも、退職金の不発生が一部に留まる場合又は競業行為が不公正な方法によってされた場合などにおいて、この種の不支給条項の効力を承認するのを相当とする場合もなくはないと解されるが、本件全証拠によるも、本件不支給条項を有効と解することを相当とするに足りる事情は認められず、かえって、原告本人尋問の結果によれば、事の発端は原告の行動に問題があったとはいえ、後記未払賃金請求に関する認定のとおり、原告は被告会社から、降格、減給処分、奨励金・賞与の低額査定など、違法とはいえないものの、かなり苛酷な処遇を受けたことによって経済的に困窮し、かつ、心理的にも追い詰められた結果、退職を決心したものであること、原告の勤続年数は二三年余に及び、退職後も広告業界以外に適当な職業を見出すことが困難な状況にあったため、自己と家族の生活のため従前の経験を生かして広告代理業の自営を始めたものであることが認められる。
 したがって、本件不支給条項は、原告と被告会社との間の労働契約を規制する効力を有さず、原告は本件支給規定の原則に従い退職金請求権を取得したものというべきである。