ID番号 | : | 04803 |
事件名 | : | 賃金請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 日本シェーリング事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 稼働率八〇%以下の者を賃上げ対象から除外するとし、年休、産休、労災による休業、スト等による不就労を稼働率算定の不就労時間とする旨の協約条項の効力が争われた事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法3章 労働基準法65条 労働基準法67条 労働基準法68条 民法536条2項 |
体系項目 | : | 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 争議行為・組合活動と賃金請求権 女性労働者(民事) / 産前産後 女性労働者(民事) / 育児期間 女性労働者(民事) / 生理日の休暇(生理休暇) |
裁判年月日 | : | 1989年12月14日 |
裁判所名 | : | 最高一小 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和58年 (オ) 1542 |
裁判結果 | : | 破棄(差戻) |
出典 | : | 民集43巻12号1895頁/時報1342号145頁/タイムズ723号80頁/労働判例553号16頁/労経速報1378号3頁/裁判所時報1017号7頁/金融商事839号30頁 |
審級関係 | : | 控訴審/01448/大阪高/昭58. 8.31/昭和56年(ネ)719号 |
評釈論文 | : | 岩渕正紀・法曹時報42巻6号200~209頁1990年6月/江川紹子・婦人公論908号208~214頁1990年4月/始関正光・平成2年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊762〕350~351頁1991年9月/寺沢勝子、宇賀神直、大川真郎、渡辺和恵ほか・労働法律旬報1233号36~44頁1990年2月10日/小畑史子・法学協会雑誌108巻12号2115~2124頁1991年12月/石橋洋・日本労働法学会誌76号131~140頁1990年10月/中嶋士元也・ジュリスト973号121~123頁1991年 |
判決理由 | : | 〔賃金-賃金請求権の発生-争議行為・組合活動と賃金請求権〕 〔女性労働者-産前産後〕 〔女性労働者-育児期間〕 〔女性労働者-生理日の休暇(生理休暇)〕 原審は、右事実関係の下において、本件八〇パーセント条項は、稼働率算定の基礎となる不就労の原因を問わず、欠勤、遅刻、早退等労働者の責に帰すべき原因によるもののほか、年次有給休暇、生理休暇、産前産後の休業、育児時間、労働災害による休業ないし通院、同盟罷業等労働基準法(以下「労基法」という。)又は労働組合法(以下「労組法」という。)において保障されている各種の権利に基づく不就労を含め、あらゆる原因による不就労を全体としてとらえて前年一年間の稼働率を算出し、それが八〇パーセント以下となる者を翌年度の賃金引上げ対象者から除外するという内容のものであるとしたうえ、同条項は、労基法又は労組法上の権利を行使したことに対し不利益を課すことにより、実質的に上告会社の従業員に対し右各権利を行使することを抑制する機能を有するものであって、全体として公序に反し無効であると判断した。 三 本件八〇パーセント条項の内容についての原審の右判断は、前記の同条項が提案されたいきさつ、その内容についての上告会社の説明、同条項妥結に至るまでの上告会社とA労組との交渉経過、上告会社における同条項適用の実際等に照らし、是認することができるが、同条項を全体として公序に反し無効であるとした判断については、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。 従業員の出勤率の低下防止等の観点から、稼働率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする制度は、一応の経済的合理性を有しており、当該制度が、労基法又は労組法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定するものであれば、それを違法であるとすべきものではない。そして、当該制度が、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を含めて稼働率を算定するものである場合においては、基準となっている稼働率の数値との関連において、当該制度が、労基法又は労組法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、ひいては右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるときに、当該制度を定めた労働協約条項は、公序に反するものとして無効となると解するのが相当である。これを本件八〇パーセント条項についてみるに、同条項における稼働率算定の基礎となる不就労には、労働者の責に帰すべき原因等によるものばかりでなく、労基法又は労組法上の権利に基づくものがすべて含まれていることは、前述したとおりである。また、本件八〇パーセント条項に該当した者につき除外される賃金引上げにはベースアップ分も含まれているのであり、しかも、上告会社における賃金引上げ額は、毎年前年度の基本給額を基礎として決められるから、賃金引上げ対象者から除外されていったん生じた不利益は後続年度の賃金において残存し、ひいては退職金額にも影響するものと考えられるのであり、同条項に該当した者の受ける経済的不利益は大きなものである。そして、本件八〇パーセント条項において基準となっている八〇パーセントという稼働率の数値からみて、従業員が、産前産後の休業、労働災害による休業などの比較的長期間の不就労を余儀なくされたような場合には、それだけで、あるいはそれに加えてわずかの日数の年次有給休暇を取るだけで同条項に該当し、翌年度の賃金引上げ対象者から除外されることも十分考えられるのである。こうみると、本件八〇パーセント条項の制度の下では、一般的に労基法又は労組法上の権利の行使をなるべく差し控えようとする機運を生じさせるものと考えられ、その権利行使に対する事実上の抑制力は相当強いものであるとみなければならない。 以上によれば、本件八〇パーセント条項は、労基法又は労組法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定する限りにおいては、その効力を否定すべきいわれはないが、反面、同条項において、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点は、労基法又は労組法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、ひいては、右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反し無効であるといわなければならない。 なお、前記の本件八〇パーセント条項妥結に至るまでの上告会社とA労組との交渉経過等に照らすと、本件八〇パーセント条項のうち、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点につき右の理由により効力を否定された場合に、その残余において同条項の効力を認めることは、労使双方の意思に反しないとみることができる。また、本件八〇パーセント条項は賃金引上げ対象者から例外的に除外される者を定めたものであって、本件各賃金引上げに関する協定における賃金引上げの根拠条項と不可分一体のものとは認められないから、本件八〇パーセント条項の前記の一部無効は、右賃金引上げの根拠条項の効力に影響を及ぼさないと解される。 |