全 情 報

ID番号 04862
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 東芝府中工場事件
争点
事案概要  上司から仕事上のミス等につき始末書や反省書の提出を執拗に求められたため心因反応をおこして欠勤したことにつき、上司の指導監督権に濫用があったとして、その間の賃金および慰謝料の請求が求められた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法536条2項
民法709条
民法710条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 始末書・反省書等の作成義務
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 欠勤による不就労
裁判年月日 1990年2月1日
裁判所名 東京地八王子支
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (ワ) 64 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1339号140頁/タイムズ725号117頁/労働判例558号68頁/労経速報1386号3頁
審級関係
評釈論文 新谷真人・季刊労働法156号142~143頁1990年8月/土田道夫・平成2年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊980〕197~199頁1991年6月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-始末書・反省書等の作成義務〕
 1 原告は、被告Y1が昭和五六年四月一〇日以降、ささいなことで原告を叱責し、始末書、反省書等の作成を求めたことが違法である旨主張するので、まずこの点について検討する。
 (一) 《証拠略》によると以下の事実が認められる。
 府中工場重電事業部材料加工部製缶課は第一ないし第四ライン(昭和五五年一〇月以降は第二ないし第四ライン)に分かれており、各ラインを一人の製造長が統括している。製造長の下に数名の作業長がおり、作業長はそれぞれ数名の作業員を部下として持ち、作業長毎に異なる作業をしている。製造長は日々の工程を管理する責任があり、その一方で作業員の教育指導管理監督を行う権限を持っている。製造長による作業員の指導教育の方法については特に決められた基準等はなく、製造長の上司である課長も一般的には関与しないことから、それぞれの製造長が独自の指導方針を持って指導にあたることになる。各作業員に不安全行為や不始末があった場合、製造長が指導にあたるのは勿論であるが、その際、指導監督の方法として、反省書や始末書といった文書の作成を求めることもあり、その場合にどの程度の不始末であれば反省書等を作成させるのか、反省書等の宛て先を誰にするか等の判断は製造長が行うことになっている。課長宛に反省書等を作成させた場合には製造長は課長にこれを届けるが、製造長宛であれば製造長が特に課長に報告しない限りは課長がこれを見ることはない。また、作成された反省書等の文書のその後の取り扱いについても特に取り決めはなく、被告Y1は一定の期間後廃棄することにしていた。始末書などを直接人事考課の資料とするような制度にはなっていない。
 右認定のとおり、被告Y2会社府中工場の製缶課の製造長には、その所属の従業員を指導し監督する権限があるのであるから、その指導監督のため、必要に応じて従業員を叱責したりすることは勿論、時に応じて始末書等の作成を求めることも、それが人事考課の資料となるものではなく、また、《証拠略》によれば、その作成提出は業務命令の対象となるものではないことが認められるから、必ずしも個人の意思の自由とも抵触を来たすものではないというべく、それ自体が違法性を有するものではない。しかしながら、製造長の行為が右権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、そのような行為が違法性を有するものと解すべきである。また、製造長は部下である従業員に対し、個々の従業員の個性、能力等に応じて、適切な指導監督を行うべきであるから、ある従業員に対して他の従業員と別異に取り扱うことがあることは当然のことである。しかし、別異に取り扱うことが合理性のない場合には、別異の取り扱いは違法性をもつものと解される。
〔賃金-賃金請求権の発生-欠勤による不就労〕
 原告が、昭和五六年七月九日心因反応と診断され、その後同月二五日までの間会社を欠勤し、休養加療していたことは当事者間に争いがなく、《証拠略》によると、原告が昭和五六年七月九日診療を受けたA病院の医師は、原告の心因反応は会社内における人間関係が原因となっているものと判断したこと、同医師が心因反応のため休養加療を要すると診断したことにより、原告は七月一〇日から同月二五日までの間欠勤したこと(尤も、その間において、原告は、七月一二日付で「B誌」二九号を作成し、一〇丁に及ぶ同書面上には、原告の立場からする同月九日の一連の事実経過がかなり細部にわたり詳細に記述されている。)が認められる。また原告は昭和五六年七月一〇日右上腕内部に皮下出血のあった旨の診断を受けているが、これは、前日被告Y1から職場に戻るよう言われた際に、同人やC作業長らとの間で口論となり、腕をつかんで引き戻されるなどした際に生じたものと推認するのが相当である。
 そこで、以上認定判示したことを総合して、原告の心因反応の原因を検討すると、昭和五六年四月以来、原告の不安全行為や所定の方法で作業しなかったこと等に対して、被告Y1や作業長から注意を受け、しばしば反省書等の作成を求められたことが原告の精神的負担となってこれが遠因となり、原告が心因反応と診断された当日の前日の作業終了時間が早すぎたことに対する叱責と、その前日まで続けられた有給休暇の取りかたについての執拗な追及及び反省書の要求が、直接的な原因となっているものと推認することができる。
 そして、右の直接的原因となった叱責及び反省書の要求は、いずれも製造長としての裁量の範囲を逸脱する違法なものと認められることは前判示のとおりであり、右違法行為は、被告Y1が被告Y2会社の社員として、その部下である原告の指導監督を行う上でなされたものであるからこれが原因となって惹き起こされた原告の欠勤は、被告Y2会社の責に帰すべき事由によるものと言うべきである。そうすると、原告は右の期間内の賃金請求権を失わないものと解することができるから、原告が被告Y2会社に対して、その早退及び欠勤を理由として支給されなかった賃金の支払いを求める請求は理由がある。