全 情 報

ID番号 04896
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 大和毛織事件
争点
事案概要  企業整備により退職するまでの間、A会社三田工場で勤務していたことを秘匿して入社していた者が経歴詐称を理由として懲戒解雇され地位保全の仮処分を申請した事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 経歴詐称
裁判年月日 1950年8月31日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 昭和25年 (ヨ) 1702 
裁判結果 却下
出典 労働民例集1巻4号640頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-経歴詐称〕
 (一) 就業規則第六十六条は「重要な経歴を詐りその他詐術を用いて雇入れられたとき」(第五号)は懲戒解雇に処する旨を規定しているが、この規定の適用の当否を判断するに当つては、まず前歴詐称なる行為が一般に企業秩序の上にいかなる作用を及ぼすかの問題を考えてみる必要がある。
(二) 凡そ近代的企業にあつては、使用者が労働者を雇入れるについてはその労働力を企業内における労務の配置、構成、管理等一定の経営秩序の中に有機的継続的に組織づけなければならないのであつて、かく企業が一つの秩序を前提とする組織体である以上企業体内に雇入れられた労働者に対し組織的規制を要するは勿論、更に進んで労働者がこの組織体に入る際既にこれが公正な仕方でなさるべきことが要請せられ、労働者が何等かの詐術を用いて企業に入り込むこと自体を先ず以て排除しなければ経営秩序の完全なる維持は望みえないといわねばならない。
 かく解するならば、使用者が労働者を雇入れるに際し、労働者の経歴詐称その他の詐術によつて、使用者がその労働力の価値判断を誤まり、その結果雇入後における労働力の組織づけに支障を来たし何等かの具体的損害の発生をみたか否かは必ずしも重要ではない。従つて、この場合使用者は具体的損害の発生をまつまでもなく、かかる損害発生の危険いわば抽象的危険の発生に対し制裁を課しうるは勿論、更に進んで経歴詐称等の詐術を用いて雇入れられたこと自体を制裁の対象とするに何等の妨げなきものといわねばならない。この理は必ずしも企業体に関するだけでなく、一定の組織を有する団体において、何等かの詐術によつてその構成員となつた者が後日それが発覚した場合にその構成員たる資格を否定せられることがあるのと異らない。
(三) 以上考察した結果によれば「重要な経歴を詐り……」が如何なる程度の事由を予定するかは結局その詐術の結果、経営秩序に与えた具体的損害発生の有無、或はその抽象的危険の有無等の考慮とは無関係に、詐術自体の軽重によつて決定せられるに十分である。今経歴詐称についていえば、詐称せられた職歴の長短、その職歴が当該労働者の前歴中において占める重要性の有無、詐称が故意によるか否か、詐称の態様等によつて決定せられるものといいうる。しかして経営秩序侵害への抽象的もしくは具体的危険が発生した場合にはただその情一層重きを加えるというに過ぎない。
(四) そこで進んで申請人等の前示経歴詐称が果して右の懲戒事由に該当するや否やを考察する。
 (1) 申請人等が入社に際して秘匿した前歴は前記の如く申請人Bについては約十三年の職歴同Cについては三年余の職歴、並びに各企業整備による退職で、いずれも相当長期に亙るものであり、且つ同人等の前歴中唯一のものであるのみならず、同人等がこれを故意に秘匿し、これに代えて夫々家事手伝等虚偽の記載をなしたものであるからこの点において既に本件懲戒事由に該当するというを妨げない。
 (2) ただ申請人等は臨時工として採用せられたものであり、一般に臨時工の採用については前歴が重視せられないのが常であるが、本件会社にあつては、臨時工は概ね本工採用の前提であり、臨時工と本工との間に採用方針につき別段の差異があるものとは認められないから、申請人等が臨時工として採用せられたものなるがゆえに、その前歴詐称を問題視することは不当であるとはいいえない。
 されば会社が申請人等に対してなした本件懲戒解雇の処置は正当である。