全 情 報

ID番号 04935
事件名 休職処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 多摩市事件
争点
事案概要  爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂の罪で起訴されたことを理由とする起訴休職処分は有効であり、第一審で無罪判決をうけたが右処分を撤回しなかったことに違法性はないとされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項
体系項目 休職 / 起訴休職 / 休職制度の合理性
休職 / 起訴休職 / 無罪と休職処分との関係
裁判年月日 1989年10月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和60年 (行ウ) 91 
裁判結果 棄却(確定)
出典 時報1337号136頁/タイムズ729号133頁/労働判例550号32頁/判例地方自治68号28頁/法律新聞947号6頁
審級関係
評釈論文 長谷川誠・平成2年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊762〕362~363頁1991年9月
判決理由 〔休職-起訴休職-休職制度の合理性〕
 1 起訴休職制度の合憲性について
 地公法二八条二項二号は、地方公務員である職員が刑事事件に関し起訴された場合、その意に反してこれを休職することができる旨を定めている。地方公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(憲法一五条二項、地公法三〇条)、その職の信用を傷つけたり、地方公務員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務がある(地公法三三条)等、その地位の特殊性や職務の公共性を有する。このような特殊性、公共性を考えると、職員が刑事事件に関し起訴された場合に、その者を引き続き公務に従事させることは、当該職員の地位、職務の内容、公訴事実の内容いかんによっては許されないことがあるといわなければならない。なぜなら、一般に刑事事件に関し起訴された者は、相当程度客観性のある犯罪の嫌疑があるとの社会的評価を受けるのであり、とりわけ起訴された事件の有罪率が極めて高い我が国の刑事訴追制度の実情のもとでは、この評価を免れないということができるから、そのような者が現に職務に従事していることによって、その職務の遂行に対する住民の信頼を損ない、ひいては地方公共団体の職務全体に対する信頼さえ危うくしかねない。そればかりでなく、起訴されたことにより、職場の規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすことがあり、さらには、刑事被告人は原則として公判期日に出頭する義務を負い、勾留されることもありうるので、職員としての職務専念義務を全うすることができない可能性があるからである。
 このように、地方公務員が訴追を受けた場合、犯罪の嫌疑がある以上は当該職員を職務に従事させないこととする公益上の必要性があることは否定できないところであり、地公法二八条二項二号の起訴休職制度は、まさにこの必要性を満たすために、任命権者の裁量によって当該職員の身分は保有させたまま、一時的に職務に従事させないこととし、これにより、公務員の職務遂行に対する信頼を確保し、職場の規律ないし秩序の維持を図ろうとするものである(原告は、右規定は起訴されたという事実のみで休職処分を許すものであるから違憲であると主張するが、同規定は必要的休職を定めたものでなく、かつ、地公法は休職処分についての具体的な基準を設けていないから、休職処分を行うかどうかは、任命権者が右のような事情を考慮して裁量によって決すべきであると解される。よって、原告の右主張は採用の限りでない。)。したがって、同規定は、合理性を有するものといわなければならない。
〔休職-起訴休職-無罪と休職処分との関係〕
 3 原告は、本件保釈の時点で本件休職処分を撤回すべきであった旨主張するが、本件起訴から本件保釈までの間に生じた前記2の(二)ないし(五)の事情のみでは、これらの事情が原告の起訴事実全体にどのような影響を与えるかを的確に予測することは困難であったといわざるをえないから、本件保釈がされたからといって原告が起訴事実全体につき無罪であるとの心証を裁判所が有していると速断することはできなかったものである。したがって、本件起訴及び追起訴に係る公訴事実が爆弾を製造、使用したうえ、人を殺傷したという住民一般の極めて強い非難に値するものであることを考慮すると、右保釈の後においても原告をその職務に従事させることは、公務に対する住民の信頼を失墜し、職場の秩序を乱すものであったというべきであり、右2の(一七)に認定するような事実も右の判断を覆すに足りるものではない(職務専念義務を尽くせる旨の原告の主張は、この判断に影響を与えるものではない。)。よって、被告市長が、本件保釈後もいまだ休職処分を継続する必要性が消滅していないとの判断のもとに本件休職処分を撤回しなかったことをもって、その裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものということはできない。
 4 次に、原告は、本件無罪判決の時点で本件休職処分を撤回するべきであったと主張するが、前記2で認定した本件無罪判決に至る事情を総合しても、原告が無実であることが明らかであったということはできず、本件無罪判決の理由中の説示の内容、右無罪判決に対する検察官の控訴の存在並びに本件起訴及び追起訴に係る公訴事実の内容の重大性に照らすと、右無罪判決の後においても、なお公務に対する住民の信頼保持及び職場秩序維持の観点から本件休職処分の必要性が消滅したと断ずることができなかったというべきである。右2の(一七)に認定した事実に照らせば、本件無罪判決の後は職場秩序に対する悪影響は相当程度薄らいだものといえようが、それだからといって、右の必要性に関する判断を左右するものではない(職務専念義務に関する主張については、前同様である)。したがって、右無罪判決後も本件休職処分を撤回しなかったことが、起訴休職制度の趣旨、目的に照らして裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものということはできない。