全 情 報

ID番号 04976
事件名 労災保険決定取消請求事件
いわゆる事件名 大阪労災保険審査会事件
争点
事案概要  株式会社の取締役の交通事故による負傷につき右事故を業務上のものであり、取締役も労災法上の労働者であるとして保険給付の請求がなされた事例。
参照法条 労働基準法9条
労働者災害補償保険法15条
労働者災害補償保険法19条
体系項目 労災補償・労災保険 / 労災保険の適用 / 労働者
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 保険料の怠納、労働者側の重過失等による給付制限
裁判年月日 1955年12月20日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和28年 (行) 19 
裁判結果 認容
出典 労働民例集7巻1号129頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-労災保険の適用-労働者〕
 労働基準法第九条によれば、労働者とは、職業の種類を問わず、一切の事業に使用される者で賃金を支払われる者をいうと定めているから、或事業における職務上の地位が如何程高くとも(例えば部長、課長など)右要件を満す限りにおいては、労働者というに妨げないものと解すべきであるが、他方同法第十条によれば、使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいうと定めている。そこで右規定の趣旨を労働基準法の所期する目的に照らして、要約して考えてみると、要するに使用者とは、或事業の業務の全部若しくは一部につきこれを担当する者で事業主との関係において従属的労働関係に立たない者を指称すると解するのが相当である(勿論後述のような積極的内容を有するものである)。
 ところで、或事業の業務主体について従属的労働関係が成立することは、観念上不能に属するから、無論事業主若しくはこれと同視しうべき経営担当者については、労働者の地位の兼併というが如きことは有りえないものといわなければならない。
 然しながら他方或事業の経営権に対して、間接的又は制限的関与をもつ関係にある者については、上述の労働基準法の規定に照らして、右関与の節囲内において、使用者としての規制をうけつつも、他面前記第九条の要件に該当する者として、労働者としての保護及び救済を受ける資格を有する者といわざるを得ないから、この場合に限り、一般に、使用者及び労働者の双方の地位の兼併は、法律上可能であるということができる。
 ところで労災法は、特に労働者及び使用者の概念に関する規定を欠いでいるけれども、同法が、本来労働基準法第八章に定める使用者の労災補償義務を代行するものである立法の趣旨及び目的から考えて、その意義は同一であると解するのが相当である。
 さて、株式会社の取締役は、株式会社の業務執行機関であるから主体たる株式会社との関係において使用従属の関係に立つことは、これを否定すべきであるとの見解は、勿論一顧だに値しない、とはいい得ない。然しながら、一般に、事業の経営担当者とは、事業主体(企業所有者)の信託に基きその事業の業務の全般について事実上支配的権能を及ぼす者を指称すると解すべきこと、前記のとおりであるから、この見地に立つて、いま一度株式会社の取締役の内容を検討するときは、一概に、これを否定すべきでなく、寧ろ、事案の真相を究め、その上でその存否を決することが、労働基準法が、法律的形式にこだわることなく、直接的に、事実として存在する労働関係に適用されるべきものである法律の目的から考えて、より優れりといわなければならない。すなわち 取締役であるといつても、実際上株式会社の業務に対して、支配的権能を及ぼしておらないもの、若しくは、及ぼすべき地位に居らないものについては、なお実体的労働関係の成立を認むべき余地があるのみならず、寧ろ、このことは、株式会社の業務に対して間接的な支配しかなしえないものについても同様の理由をもつて首肯すべきものである。(従つて取締役が部長、課長等の使用人の職務を兼任したからとて、又は現実に労働に従事したからといつて、直ちに労働者となるわけでないことは、無論云う迄もあるまい)昭和二十五年改正後の商法は、取締役会及び代表取締役の制度を新設し、原則として、株式会社の業務執行権は合議体としての取締役会に帰属することになつたから、特に或業務についての委任のない限り、いわゆる平取締役については、間接的な業務執行権しか有しないことになり、上述の実体的労働関係の成立する余地は、一層明確化したということができるのであるが、然しながら繰返して述べた如く労働法の対象とする労働関係は、法律的形式を越えて存在する事実自体に外ならぬのであるから、法律上、各取締役につき業務執行権の付与せられていた改正前の商法の下においても、更に、使用人の兼任を禁止せられている監査役(右の反対解釈として取締役については禁止せられていないことになる)についても(右禁止規定の趣旨は労働法の所期する目的とは異つているのである)、いやしくも、実体的労働関係の認めうる限りにおいては、労働基準法及び労災法の定める各種の救済規定を適用する妨げとなるものではない。特に我国の産業において大多数を占める、いわゆる中小企業においては、企業の所有と経営の分離が明確でなく、自己同一性が著るしく、取締役の地位にある者についても、一般の労働者と大差ない状態にある者の大多数存することは、顕著な事実に属するから、(被告の自認するところである)寧ろこの事実を直視し、且つ一層強い理由を以つて、取締役の地位にある者についても出来うる限り労働基準法、労災法の救済を与えるのが相当である。
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-保険料の怠納、労働者側の重過失等による給付制限〕
 労働基準法に定める労働者に対する災害補償は、使用者が労働力に対して、労働関係を媒介として、直接的支配を及ぼす関係にあるのに鑑み労働に従事中に発生した災害に対しては過失の有無を問わずにその損失(失なわれた賃金を含む)を補償すべき責に任じ以つて公平の観念よりする使用者の保護義務を課したものと解すべく、(故に被告の主張するような、いわゆる企業危険に対する無過失損害賠償とはやや趣を異にするもので、この事実は企業責任の歴史を顧みるときは、極めて明白である)しかして、労災法は、右の使用者の義務を保険によつて、確保する制度に外ならないのであるから、この趣旨よりして、前記労災法第十九条の規定は、できるだけ厳格に解するを相当とする。