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ID番号 05041
事件名 処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 明治パン(浦和労基署長)事件
争点
事案概要  オール夜勤体制のパン工場でベルトコンベアにより製品の仕分け作業に従事していた作業員の急性心臓死につき業務上か否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法79条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1979年7月9日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (行コ) 7 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働民例集30巻4号741頁/時報930号20頁/タイムズ389号48頁/労働判例323号26頁/労経速報1027号12頁/訟務月報25巻11号2831頁
審級関係 一審/05160/東京地/昭50. 1.31/昭和47年(行ウ)121号
評釈論文 岩村正彦・ジュリスト731号324頁/佐藤進・労働判例324号4頁/山口広・労働経済旬報1190号24頁/鈴木智旦・昭和54年行政関係判例解説444頁
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 右認定事実に基づいて、Aの死亡が労働者災害補償保険法(以下労災法という。)第一二条の援用にかかる労働基準法第七九条、第八〇条所定の「労働者が業務上死亡した場合」に当るかどうかについて考えてみるのに、これを疾病による場合についていえば、労働者が業務に基づく疾病に起因して死亡した場合をいい、右疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、その疾病が原因となって死亡事故が発生した場合をいうものと解するのが相当である。したがって、Aの死亡が業務上のものといいうるためには、死亡の原因となった疾病が明らかにされなければならない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 本件は、職場における急死であって、しかも、被災者が生前医師による精密な健康診断もしくは治療をうけていないので、死後解剖がなされなければ、Aの死亡の原因となったであろう疾病を解剖医学的に明らかにすることは不可能である。しかし、本件においては、Aの死体解剖の措置がとられなかったことにつき、その遺族において遺体の解剖を拒絶する等剖検を妨げるべき所為に及んだことを認めるべき証拠はないのであり、このように被災者の遺体が解剖されないことについて遺族の側に何ら責むべき事情がないのに、解剖所見による厳格な死亡の原因及び疾病の状況に関する立証を控訴人に対し求めることは、立証責任の公平の原則及び「労働者の業務上の事由による死亡等につき公正な保護をするため保険給付を行うこと」を目的として制定された労災法の立法の趣旨に照らして相当でない。
 のみならず、労災法の適用にあたり被災者の死亡の原因となった疾病を明らかにすることの主旨は、疾病の医学的解明自体にあるのではなく、疾病と業務との因果関係を労災法上の見地から明らかにすることにあるのであるから、解剖所見が得られない本件のような場合において死因となった疾病を特定しなければならないときには、被災者の生前の健康状態、急死に至る情況等から医学経験上通常起りうると認められる疾病を蓋然的に推測して特定すれば足りると解するのが相当である。
 〔中略〕
 疾病の業務起因性の有無の判断には、事柄の性質上、疾病の発生の機序に関する医学的知見の助力を必要とするが、この判断は、疾病の原因に関する医学上の判定そのものとは異り、ある疾病が業務によって発生したと認定し得るかどうかの司法的判断であるから、解剖所見を欠くため解剖医学的見地からは疾病の発生した原因の解明が困難な場合においては、被災者の既存疾病の有無、健康状態、従事した業務の性質、それが心身に及ぼす影響の程度、健康管理の状況及び事故発生前後の被災者の勤務状況の経過等諸般の事情を総合勘案して、疾病と業務との因果関係について判断するほかないものと考える。
 〔中略〕
 Aが昭和四二年八月二五日訴外会社の指示により仕分け作業に再配置されたこと、同作業がAにとって不向きであり、不慣れであったこと、同作業がその作業内容からみて、かなり精神的緊張を伴うものであること、精励恪勤、しかも無口な同人が間もなく上司に職場の変更を願い出たのに同作業を継続させられたこと、しかも、事故前日から、疲労感が強く、事故当日の九月六日には漸く起床したほどであったこと、しかるに、Aの担当作業は、その疲労度に比例して短時日の間に質、量ともに困難の度を増し、遂に事故当日には不運にも九品種の仕分けをするホットケーキ班を担当し、それが作業開始早々多忙を極めたため、作業上のミスを続発させたことは前記のとおりである。右一連の事実経過に徴すれば、Aの従事した仕分け作業が健康で有能な作業員にとっては、被控訴人主張のとおり十分耐えうる程度のものであったとしても、本件事故当時長期にわたるオール夜勤によってすでにAの高血圧及び動脈硬化症が相当進行、悪化していたことが推測され、かような健康状態にあったAにとって、右の作業配置の変更及び当日の仕分け作業の過重な負担が、健康な熟練者の場合と異り、強度の精神的緊張をもたらしたであろうことは推察に難くないというべきである。
 以上認定の事実関係と(証拠略)を総合すれば、本件疾病はAが高血圧症に罹患していたのに、訴外会社がAに対し適切な健康管理の措置を講ぜず、Aをして健康に悪影響を及ぼす「オール夜勤」に従事させたため、高血圧症及びこれに伴う動脈硬化症を増悪させたこと、さらに、右のような健康状態にあるAをして精神的緊張を伴う仕分け作業に不用意に配置換をさせたため、疲労の蓄積とストレスにより冠動脈硬化症を起こさせたこと、しかも、事故当日の作業の負担過重と連続的なミスに基づく強い精神的緊張が重なったこと等が相まって発症したものと推認するのが相当である。そして、もし訴外会社において、Aに対し、さきに指摘したような健康管理をし、Aが高血圧症者であり動脈硬化の状態にあることを十分認識して労働安全衛生上の配慮をしていたならば、Aがオール夜勤を続け、しかも、精神的緊張を要する仕分け作業に再配置されるようなことは起らなかったであろうと考えられるのであって、そうすれば、Aは本件疾病により死亡するという事態は避けられたであろうと推測されるのである。
 〔中略〕
 四 以上説示したところによれば、Aの死亡の原因と推測される心筋梗塞は、Aの従事した業務に起因して発症し、かつ右業務と疾病との間には相当因果関係があると認めるのが相当であり、そして、右疾病を原因として本件死亡事故が生じたものと認めることができる。