ID番号 | : | 05061 |
事件名 | : | 労災保険代位金請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 三共自動車事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 業務上の労災事故につき労働者のこうむった損害を賠償した使用者が、当該労働者が有する将来の労災保険給付の請求権を取得するか否かが争われた事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法84条2項 労働者災害補償保険法1条 労働者災害補償保険法12条の5 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償 |
裁判年月日 | : | 1982年9月20日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和55年 (ワ) 2587 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | タイムズ483号139頁/労経速報1135号3頁/労働判例399号50頁 |
審級関係 | : | 上告審/最高一小/平 1. 4.27/昭和59年(オ)3号 |
評釈論文 | : | 井上浩・労働判例400号4頁 |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕 三 原告は右控除すべきでないとされた金額を損害賠償として訴外人に支払つたとして、訴外人の被告に対する未だ支給されていなかつた保険給付金の請求権を取得した旨主張する。 しかしこのように使用者が将来の給付金請求権を取得できるとするには疑問がある。 (一) 使用者が一括して損害を賠償することにより将来の保険給付請求権を取得するものとするときは、反面労働者はこの給付を請求できる地位を失うものとするほかはない。 しかし長期傷病補償年金としての給付金は将来の一定の時期毎に支給されることに意義があると解される。将来に亘る損害の賠償を一括して支払われた場合、そのことにより当然に労働者が右給付金の支給を受けるのと同様の効果を受けるわけではない。この場合長期傷病補償年金を設けた趣旨目的が当然に達せられることにはならない。年金の一部がすでに支払われ或いは障害補償一時金が支払われた場合、これらの支払金相当額が損害賠償から控除されても補償金を設けた趣旨が損われないのとは事情を異にする。 (二) 年金の具体的支払請求権の発生は時間的経過に併う事情の変動に左右される。 労災保険法は傷病補償年金の給付につき労働者が療養開始より一年半経過後も一定の廃疾状態にあることを要件とし、死亡の場合にはその時点で請求権が生じないとする(一二条の八)。右年金の支給されるべき地位が確定していても、現実の給付はこの積極的及び消極的要件との関係で未確定である。 一括して損害賠償がなされた場合に年金給付請求権を使用者が取得するものとするためには、これら条件の充されなかつた時に、すでに使用者の取得している権利に変動を生ずるか否か、変動を生ずる場合及び生じない場合の帰結(例えば労働者死亡の時は使用者の取得している給付請求権がその時点以降失われるとし、或いは使用者が保険料を支払つてあることを根拠に右請求権は失われないとする等)についての定めがなされなければならない。このような法律上の定めはない。 原告は自賠法一五条の準用を主張する。しかし同条は被保険者が損害賠償をしたことにより被害者の損害が填補されて、その額の限度では加害者(被保険者)、被害者、保険者の相互間に処理すべき他の問題の残らない場合に関する。同条を準用乃至類推適用することはできない。 (三) 労災保険給付を受ける権利を譲渡し、担保に供し、又は差押えることは労災保険法一二条の五、二項但書の場合を除いて禁止される。このことは法が保険給付を被災労働者自身に受けさせる趣旨であることを示す。将来の保険給付請求権乃至給付されるべき地位を使用者に取得させることはこの趣旨に反する。 同法は第三者の行為による事故の場合について、労働者が損害賠償を受けると共に保険給付を受ける余地を認める(一二条の四、二項)。このことは保険給付が損害賠償の行われることによつて当然に不要とされる性質のものではないことを示す。 (四) 以上の諸点を考慮すれば、使用者の行為によつて生じた事故につき損害賠償が履行された場合、労働者の将来の保険給付請求権を使用者が当然に乃至は代位により取得すると解するのは相当でない。 その他使用者が右請求権を取得するものとすべき事由は見出せない。 四 右のように考え且つ前記判決に従う場合、保険給付未了の間に損害賠償を受けた労働者は、保険給付を請求できる地位を保有することから給付完了後に賠償を受けた場合に比して有利となり、二重の利益を受けることになりかねない。しかしこの間の調整は法の趣旨に則り行政庁によつて行われるべきであつて、前記の理由からして使用者に将来の給付請求権を取得させることによつてではない。労災保険法附則六七条(昭和五六年一一月一日より施行)はこの点につき、労働者への保険給付をしない方法によることができるものとした。 損害賠償を履行した使用者は責任保険における保険利益を受けえない者との同様の立場に立つ。しかし労災保険は責任保険たるの実質のほかに、保険給付によつて被災労働者を保護することをも目的とすると解されるところ、この目的を達するため労働者に保険給付を受けうべき地位を保持させるについては、法は使用者が右の立場に立つ場合のあることを容認するものと解される。前記附則六七条の解釈としても同様に解される。 使用者が先に保険給付のなされることを期待して賠償乃至その訴訟の遅延を図ることは考えられなくはない。しかしそのことは使用者に将来の保険給付請求権を取得させる理由として十分でない。 |