ID番号 | : | 05083 |
事件名 | : | 労働者災害補償給付に関する処分取消し請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 高山労基署長事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 鉄道・道路の新設工事に従事してきた労働者の騒音性難聴につき障害補償の請求がなされたのに対して、消滅時効の成立が問題とされた事例。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法42条 民法724条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 時効、施行前の疾病等 |
裁判年月日 | : | 1985年4月22日 |
裁判所名 | : | 岐阜地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和58年 (行ウ) 2 |
裁判結果 | : | 認容(控訴) |
出典 | : | 労働民例集36巻2号193頁/時報1172号56頁/タイムズ552号283頁/労働判例452号43頁/労経速報1234号3頁/訟務月報32巻1号140頁 |
審級関係 | : | 控訴審/05090/名古屋高/昭61. 5.19/昭和60年(行コ)7号 |
評釈論文 | : | 大竹秀造・ジュリスト841号58~59頁1985年7月15日 |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-時効、施行前の疾病等〕 1 まず、法四二条は、「障害補償給付を受ける権利は、五年を経過したときは、時効によって消滅する。」旨規定しているのであるが、右にいう時効期間は、はたしていつその進行を開始するものと解するのが正当であろうか。この点についての当裁判所の見解は次に説示するとおりである。 (一) およそ、特定の権利に関して、その消滅時効期間の進行開始があるということができるためには、当該権利の行使が客観的に可能であることがその当然の前提要件であるところ、本件におけるがごとき障害補償給付が「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、なおったとき身体に障害が存する場合」に当該労働者の請求によって初めて支給されるべきものであることは、法一二条の八・労働基準法七七条の明定するところである。したがって、被災者である労働者において、自己の身体に残された欠損・機能障害・神経障害等に関して障害補償給付の請求をするためには業務に起因して発生した当該傷病がすでに治癒していることがその要件となるものであるところ、右にいわゆる治癒とは、傷病の症状が安定して疾病が固定した状態にあり、もはや治療の必要がなくなったという状態を指すものと解すべきことが明らかである(なお、この点についてはその成立に争いのない〈証拠略〉の記載を参照のこと。)。それ故、被災者である労働者は、自己の従事した業務に起因して発生した傷病が右にいわゆる治癒の状態になってもなおかつ当該傷病に基づいて自己の身体に欠損・機能障害・神経障害が残ったような場合に初めて右障害に関する障害補償給付請求権を行使することが客観的に可能となるに至るものというべきである。 (二) のみならず、障害補償給付請求権の消滅時効期間の進行開始の要件としては、その行使が右(一)に説示したように客観的に可能となったというだけでは足りず、さらにこれに加えて、傷病が治癒してからもなお障害の残った労働者においてその障害が業務に起因するものであることを知ることを要するのであって、この時期に至って初めて右補償給付請求権の消滅時効期間はその進行を開始するものと解するのが相当である。ちなみに、当裁判所の上記見解の主なる根拠等は、以下に説示するとおりである。すなわち、障害補償給付の対象となるべき障害の中にはその業務起因性が必ずしも明白ではなく、専門的・医学的な鑑別診断を経ることによって初めてその業務起因性を確認することができるという類いのもの(障害)も決して少なくはないのであって、このことは、公知の事実ないしは常識というべきものである。そして、このような類いの障害については、被災者である労働者が当該障害の業務起因性を知るまでの間は、当該労働者においてこれに関する補償給付の請求をするがごときことは、現実的には全く不可能であるというのほかはない。このことは、不法行為の被害者において、加害者及び損害(加害行為の違法性及び加害行為と当該損害との間の相当因果関係の存在の点をも含む。)を認識するまでの間は、その不法行為による損害賠償の請求権を行使することが現実には不可能であるのと同断である。そして、また、障害補償給付請求権は、なるほど社会保障制度の一環として労働者の生活保障を目的として設けられた公法上の権利ではあるけれども、他面、その実質において、民法七〇九条所定の不法行為に基づく損害賠償請求権と類似する性質を有するものであることもこれを否定することができない。これらのことをあれこれ総合考量すると、障害補償給付請求権の消滅時効の起算日については民法七二四条を類推適用し、結局該消滅時効は、被災者である労働者において自己の障害の業務起因性を知ったときからその進行を開始するものと解するのが相当であって、かく解することの方が、権利の消滅時効制度に関する一般的な法原則により適合するばかりでなく、さらに、被災者である労働者の救済とその生活の保障をその目的とする労働者災害補償保険法の趣旨にも合致することになるものというべきである。 2 以上に説示したところを前提として、本件請求にかかる障害補償給付請求権がはたしてすでに時効によって消滅したものと認められるか否かについて検討してみると、結局、本件においては、原告の聴力障害の症状が固定し、かつ、原告が該障害の業務起因性を知った日から法四二条所定の五年が経過してからようやく原告によって本件請求がなされたものであるなどとはとうてい認められないのであって、この点についての詳細は以下において認定・説示するとおりである。 〔中略〕 それでは、本件において、原告が自己の聴力障害についてその業務起因性を知った時期は何時(いつ)であろうか。(証拠略)を総合すると、原告は、騒音作業離脱日よりもあとである昭和五〇年一二月五日に至って初めてオージオメーターを使用した医学的・専門的聴力検査を受けたことが明らかであって、この認定に反するような証拠はない。そうとすれば、特段の事情・証拠等のない本件においては、原告が自己の聴力障害の業務起因性を知った時期は、早くとも右昭和五〇年一二月五日であると推認するのが相当であって、本件のあらゆる証拠を精査してみても、原告がそれ以前の時期に、すでに自己の前示聴力障害の業務起因性を認識していたというような事実を認めるに足りるような証跡を発見することができない。そうとすると、本件においては、原告において自己の聴力障害の業務起因性を知った日から五年を経過した後に初めて本件請求をしたというような事実が認められないこともまたきわめて明らかである。 3 以上に認定・説示したとおりであるから、以上の説示と異なる被告の判断、すなわち、本件請求がされた昭和五五年一〇月一三日までに本件請求にかかる原告の障害補償給付請求権が法四二条所定の五年の消滅時効期間の経過によってすでに時効消滅していた旨の判断はもとより失当であって、当裁判所のとうてい左袒できないところというべく、したがって、このような判断に依拠してなされた本件不支給処分は、法四二条の解釈・適用を誤った違法な処分であるというのほかはなく、とうてい取消しを免れ得ない。 |