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ID番号 05086
事件名 休業補償給付処分取消請求事件
いわゆる事件名 池田労基署長事件
争点
事案概要  じん肺にかかった労働者が労基署長のなした休業補償給付等の給付につき、その基礎日額の算定を不服としてその取消を求めた事例。
参照法条 労働基準法12条
労働者災害補償保険法8条
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 給付基礎日額、平均賃金
裁判年月日 1985年10月25日
裁判所名 徳島地
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (行ウ) 11 
裁判結果 棄却
出典 労働判例464号21頁/訟務月報32巻7号1603頁
審級関係 控訴審/高松高/   .  ./昭和60年(行コ)5号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-給付基礎日額、平均賃金〕
 1 労働者災害補償保険法及びその附属法令に基づいて給付される休業補償給付金、休業特別支給金の金額は、それぞれ一日につき給付基礎日額の一〇〇分の六〇、一〇〇分の二〇と定められており(同法一四条一項、労働者災害補償保険特別支給金支給規則三条)、右給付基礎日額は、原則としてこれを算定すべき事由が発生した日(本件においては原告がじん肺症の診断を受けた昭和五二年三月一八日)以前三か月間の平均賃金により算定すべきものである(同法八条一項、労働基準法一二条一項)が、右の日に当該労働者が既に疾病発生のおそれのある事業場を離職していて、右の方法による算定が不可能な場合には、主務大臣の定めるところによるとされているところ(労働基準法一二条八項)、いずれも成立に争いのない(証拠略)によれば、これを受けて発付されたのが五五六号通達、一九三号通達であり、五五六号通達には記1として、一九三号通達には記1ないし3として、それぞれ原告主張の定めがあること(ただし、この点は当事者間に争いがない)、更に一九三号通達には記1ないし3の推算方法について、適当なものまで順次繰り下げて適用する旨が定められていることが認められる。
 〔中略〕
 思うに、一九三号通達・記2は、業務上疾病にかかった労働者の離職時の賃金額が不明の場合、わが国においては、労働者の賃金水準と労働者が従事する業務の種類、事業場の規模及び事業場の所在する地域等との間には一定の相関関係が認められるところから、一定の地域内の「同種、同規模の事業場」において業務に従事した同種労働者一人平均の賃金額によって業務上疾病にかかった労働者の離職時の賃金額を推算しようというものであるから、その調査のためには、担当行政庁としては労働災害補償制度の目的に照らして経験則上、客観的に相当と認められる方法をとれば足りるのであって、可能な、あらゆる手段を尽すことまで要求されるものではないと解するのが相当である。本件においては、被告は徳島労働基準局において保管する昭和五一年度及び同五二年度の労働保険確定保険料申告書、一括有期事業報告書及び一括有期事業総括表によって右「同種、同規模の事業場」の有無を調査したことは前認定のとおりであるところ、(証拠略)によれば、労働保険確定保険料申告書は、各都道府県労働基準局の労働保険特別会計歳入徴収官あてに管内の事業主から各年度ごとに提出される労働保険料の確定申告のための書面であること、一括有期事業報告書及び一括有期事業総括表は、右書面に添付することを要求されているものであって、労働保険料算定の基礎資料となること、一括有期事業報告書には、「建設の事業」の場合、事業主が行った事業ごとに、「事業の名称」、「事業の期間」、「請負代金の内訳」及びその事業のために就労した作業員等に支払った「賃金総額」等が逐一記載されることになっており、一括有期事業総括表は右一括有期事業報告書に記載された事業ごとの「請負金額」及び「賃金総額」を「事業の種類」ごとにまとめ上げ、「事業の種類」ごとの「賃金総額」に一定割合の「保険料率」を乗じて「保険料額」を算定した過程を明らかにしたものであることが認められる。これに、労働者災害補償の保険関係は、労働者を使用する事業(労働者災害補償保険法三条一項)の事業主については、その事業が開始された日に、事業主の意思にかかわりなく成立するものであり(労働保険の保険料の徴収等に関する法律三条)、右労働保険確定保険料申告書等の提出は法律上事業主に義務付けられている(同法一九条、同施行規則三三条)ことを併せ考えると、右労働保険確定保険料申告書等は、労働者災害補償保険法の適用事業について各都道府県内の業種ごとの事業の実施状況を、「建設の事業」の場合においては主として「請負金額」及び「賃金総額」の面から、如実に反映しているものということができる。したがって、被告が右労働保険確定保険料申告書等によって「同種、同規模の事業場」の有無を調査したのは相当な措置であったということができ、ほかに更に的確な資料が存在し容易にその調査が可能であるなど特段の事情がないかぎり、右労働保険確定保険料申告書等の調査の結果、「同種、同規模の事業場」は存在しないとの判断に達した以上、被告としては更にそれを超えた調査を実施することまで要求されるものではない。
 また、事業規模の大小は、本来、資本金額、事業設備の状況、従業員数及び事業収入等を総合して判断されるべきものではあるが、一定の業種の範囲内においては、事業規模の大小は事業収入に如実に反映するものとみることができるし、前述のとおり、労働保険確定保険料申告書等による事業の実施状況の申告が「建設の事業」の場合においては主として「請負金額」及び「賃金総額」を中心としてされていることから考えると、被告が労働保険確定保険料申告書等による調査にあたり「請負金額」に主眼をおいたことは当をえたものであったということができる。
 4 原告は、本件においては一九三号通達・記2にいうA会社と「同種、同規模の事業場」が存在するとして、四つの事例を挙げるが、これらの事例うち、B株式会社の地すべり防止工事は正確な工事時期が不明であり、また、いずれも成立に争いのない(証拠略)に照らすと、C会社のずい道工事は工事実施時期が昭和五三年度以降である可能性が高く、一九三号通達・記2にいう平均賃金算定事由発生日における事業場とはいい難いから、いずれも比較の対象とはなりえないし、他の二つの事例についても、その工事に従事した作業員の人数の点はともかく、工事の内容及び請負金額等は明らかではないのであって、工事の種類及びこれに従事した作業員の人数から直ちにこれを「同種、同規模の事業場」と認めることはできない。
 のみならず、原告本人尋問の結果によれば、原告のようなずい道坑夫は、特定の事業主に恒常的に雇用され、その事業主が行うもろもろの工事に従事するというよりも、或る事業主が行う特定の工事にのみ従事しその労務に対する対価を出来高払制若しくは請負制によって受け取り、当該工事が終了すると、その事業主のもとを離れて、次には他の事業主が行う工事に同様の型態で従事するということが多いこと、原告はA会社を離職するまでのほとんどの期間右のような型態での作業に従事してきたものであり、しかも、年間を通じて就労することはなく、一年のうち九か月ほど就労し、残りの三か月ほどは失業保険金を受給していたことが認められる。これによれば、原告のずい道坑夫としての賃金の受給型態は極めて特異なものであって、もともと、このような労働者の賃金額は一九三号通達・記2の方式によって推算するには染まないものであり、同通達・記3の方式によるほかはないものというべきである。
5 以上の次第であって、本件について一九三号通達・記3を適用した本件処分は適法なものであり、本件処分には同通達・記2の解釈、適用を誤った違法はないものというべきである。