全 情 報

ID番号 05095
事件名 公務外認定処分取消請求事件
いわゆる事件名 地公災基金秋田県支部長(大館市教員)事件
争点
事案概要  基礎疾病として本態性高血圧症を有する小学校の教諭の脳卒中による死亡につき、業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 地方公務員災害補償法31条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1986年12月19日
裁判所名 秋田地
裁判形式 判決
事件番号 昭和55年 (行ウ) 12 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 タイムズ629号143頁/労働判例496号84頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 訴外Aは、昭和五一年度は他学年の担任と比較して一般的な生活指導や給食指導等に手間のかかる一年生の担任を初めて担当し、しかも同年度は協力教授組織の公開研究会の準備等にも意欲的に取り組み、そのため教材研究等が勤務時間内に処理できず、自宅に持ち帰って処理したこともあったというのであり、同人が小学校教師として高年齢であったことを考えると、同年度は公務のため同人に相応の精神的、肉体的疲労が生じたこともあったものと推認することができる。また、昭和五二年度、同五三年度(脳卒中発症の前日まで)も、研究会等の準備等で忙しい時期は教材研究等を自宅に持ち帰って処理することもあり、担任以外にも研究主任等の責任ある校内分掌事務を担当し、昭和五三年度の夏休み期間中も各種研究会等に参加してたというのであるから、忙しい時期には同人には相応の精神的、肉体的疲労が生じていたことは推認しうる。
 しかしながら、訴外Aの昭和五一年度から同五三年度までの受持学級の児童数、受持校時数、校内分掌事務の割当ては本小学校等の他の教師と比べて格別重い負担を負わせるものではなく、かえって、低学年の担任は高学年の担任より児童を下校させたあとの勤務終了までの時間に余裕があり、低学年児童の取り扱いも、児童が学校生活に慣れるに従って軽減されるものと思われ、また、右研究会等の準備に忙しい時期は年間を通じて常時あったわけではなく、授業のない日も年間の約三分の一程度あり、加えて訴外Aは右期間を通じて病気で学校を休んだことはほとんどなく、自宅から毎日片道約六キロメートルの道程を自転車で通勤し、毎朝約三〇分間のジョッギングを行い、校内のスポーツ試合にも参加するなど外観上は極めて健康的な生活を送っており、同僚や家族の中にも同人の健康状態に異常を認めたものはいなかったというのである。そして、訴外Aには、夏休みに入ってから自宅で休養をとり得た日もかなりあったのであり、夏休み期間中に研究会等に参加することによって生じた疲労が、休日等において回復されることなく蓄積していたとも考えられない。更に、訴外Aの血圧測定値をみても、本小学校へ転勤して来た前後で急激な変化は認められず、訴外AはB医院やC医院で高血圧の治療を受けてはいるが、自らの意思で治療を止めており、右C医院の治療の際も医師から労働軽減の注意はなされておらないのであって、これらの事情を考慮すれば、訴外Aの本小学校での右期間の公務が、同人の高血圧症を増悪させるような内容、程度であったこと、すなわち過度の長時間にわたる精神的緊張を伴うものであったり、過激な勤務ということはできないというべきである。
 2 次に、原告は、昭和五三年八月一九日の会議の緊張、興奮及び酷暑下で直射日光にさらされたことにより、高血圧症の基礎疾病を有する訴外Aにおいて、極度の不快感とストレスを昂じさせ、脳卒中を発症させたものである旨主張するので検討する。
 訴外Aの職員会議での主な発言は、教頭の提案に対する反対意見であり、また、当日は右会議に出席した職員らに蒸し暑さのため不快感を感じさせる気象状況であったところ、職員会議の最中訴外Aの背後からガラス越しに同人に日が当たったこともあったというのであるが、他方、右職員会議は二学期の行事予定等の打合せを目的としたものにすぎず、したがって右会議が殊更緊張を強いるような状況で進行していたとは考えられないうえ、訴外Aと教頭との間で議論の応酬があったわけではなく、結局始業式の日程については訴外Aの意見が採用され、遠足の件についてはその場で教頭の右提案が受け入れられたわけではなく、生活指導部による後日の検討に委ねられたのであるから、訴外Aが右発言のため特に激しい精神的緊張、興奮に陥っていたものとは考えられず、また、当日の気温は夏の日としては格別高かったものとはいえず、天候も時々日が射すことはあったにしても、全般的には薄曇りであり、右職員会議の終了から本発症まで約一時間二〇分を経ているうえ、右職員会議中も含めて訴外Aが体調の異常を訴えたこともなく、外見上も特に変わった様子も見られなかったのであって、右気候条件のもとで訴外Aの背後に日が当たったことが、訴外Aの体調に何らかの影響を与え、本発症に至らしめたものとは考えられないというべきである。
 3 本態性高血圧症については、降圧剤の服用を中止すると、かえって高血圧症が増悪するという、いわゆるリバウンド現象が生ずることもあるといわれているところ、訴外Aは昭和五三年三月を最後に、降圧剤の投与を受けていた前記C医院の通院を自らの判断で止め、以後降圧剤の服用をしていないこと、高血圧の治療としてはできるだけ早い時期に降圧剤等の服用を開始することが有効であると考えられているのであるが、訴外Aは昭和四九年に前記B医院で薬物療法を受けるまでは、治療を受けたことはなかったこと、更に、脳血管疾患たる脳卒中の発症には個人差があり、通常脳卒中発症の直接の要因(引き金となった事実)については、医学的に判定することは困難であるとされていること等の事情もあることは前記のとおりであり、訴外Aの脳卒中の発症は、同人の長年にわたる高血圧症が動脈硬化等の脳血管の病変を形成し、こうした病的素地の自然的推移の過程において、たまたま公務遂行中に起こったと推認されるのであって、訴外Aの脳卒中による死亡を公務に起因するものと認めることはできないというべきである。