全 情 報

ID番号 05148
事件名 障害補償不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 札幌労基署長事件
争点
事案概要  業務上の障害を理由に療養補償給付を受けていた者が治癒したとして打ち切られ、後遺障害が存在するとして障害補償を請求し不支給処分を受けたため右処分の取消しを求めた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法15条
労働者災害補償保険法22条の2
労働者災害補償保険法22条の3
労働者災害補償保険法47条の2
労働者災害補償保険法47条の3
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 障害補償(給付)
裁判年月日 1973年9月28日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 昭和45年 (行ウ) 2 
裁判結果 棄却
出典 タイムズ302号184頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-障害補償(給付)〕
 3 原告が、本件不支給処分当時、本件傷害に起因するものとして頭痛及び頭重感の存在を訴えていたことは前記のとおりであり、〈証拠〉を総合すれば、原告がその後においても右症状及び請求の原因第2項(ホ)の症状を訴えつづけていることが認められる。
 そこで、原告の前記の症状について見るに、〈証拠〉には、原告の頭痛の大部分が本件傷害と関連性があり得るものと考えられる旨、〈証拠〉には、脳外科領域にて頭重感あり労災一四級に相当するものと認める旨の各記載があるけれども、〈証拠〉によれば、前者は原告の訴える頭痛と本件傷害との因果関係が明らかではなかつたため、このように記載し、また後者については、患者の主訴のみでも労災保険法施行規則別表第一の第一四級に該当するとの判断を前提として記載したものであることが認められるのであつて、これをもつて原告の主張する障害の存在を認定するための資料とすることができないし、かえつて、被告によつて本件傷害による療養補償給付が打ち切られた前記昭和四〇年八月一三日現在においては、原告には脳神経麻痺症状も器質的異常も認められなかつたことが認められる。
 三 本件不支給処分の適否について
 1 右のような症状を原告が訴えることから、これをそのまま労災保険法に基づく障害補償給付の対象とすることができるかどうかについてであるが、〈証拠〉を総合すれば、いわゆる行政解釈基準としては、愁訴のみでは障害補償給付の対象としない旨の解釈が採用され、この解釈は本件処分時においてはもとより現在においても大綱においては変更されていないし、労災保険の実務もそのように運用されていることが認められる。そして、この解釈は、神経症状の存在を理由に障害補償給付の支給を請求する者がある場合、真に労災保険による保護に値いする者と症状を不当に誇張して障害補償給付の支給を請求する者ないしいわゆる詐病者とを区別し、労災保険制度の適正かつ公平な運用を期するうえにおいては、必ずしもこのような取扱が不合理であるとはいえないし、この基準の内容自体も、これを目して不当としなければならない点も見当らない。したがつて、原告の訴える前記症状が労災保険法に基づく障害補償給付の対象となる障害に該当するかどうかについては、右症状が何らかの器質的異常に起因するものであることが医学的に説明可能であるとか又はその症状が災害や神経系統の損傷に起因し、治療によつても回復せず、その経過が精神医学的に説明可能であるとかが明らかにされなければならないのである。ところでその証明責任の帰属をいかに解すべきかであるが、労働基準法上の災害補償の要件及びその範囲が労災保険法上の保険給付の要件及びその範囲に対応するものであることは労働基準法七五条以下の各規定と労災保険法一二条以下の各規定との対比において明らかであるのみならず、労働基準法八四条が、同法所定の災害補償事由につき同法による災害補償に相当する労災保険給付が行なわれるべき場合においては、使用者は労働基準法による災害補償責任を免れる旨規定する趣旨を参酌して考えると、労災保険が、その本質において講学上の責任保険に属するかどうかの点はともかくとして、すくなくとも、その構造、機能の面においては労働基準法上の使用者の災害補償責任の発生を保険事故とする責任保険の性格をも帯有するものであることは否定し得ないところであるし、また、労働者が労働基準法七五条以下の規定によつて使用者の災害補償責任を追求する場合においては、その災害補償事由の存在につき証明責任を課せられることは右各規定の文理に照らして明らかであること等を考え合わせると、労災保険法に基づく保険給付の支給を受けようとする者に対しても右保険給付の要件をなす災害補償事由の存在についての証明責任を課せられるものと解釈しなければならないのであつて、このことは、実定法上、労災保険給付の支給を受けようとする者に対して受診義務を課する労災保険法四七条の二、場合を障害補償給付に限つてみても、該給付の支給を受けようとする者に対し障害の部位及び状態に関する医師等の診断書、エツクス線写真その他の資料の添付義務を規定する同法二二条の三に基づく同法施行規則一四条の二の各規定が存在することによつても、これを裏づけることができるのである。
 2 これを本件についてみると、原告主張の症状が本件傷害に起因するものであるか否か、これがあるとして本件傷害後どのような経過をたどつて現在に至つているかについての医学的な説明は本件全証拠を検討しても存在しないし、かえつて<証拠>を総合すると原告は精神科、神経科等の専門医による精密な診断ないし鑑定を拒否しており、これが右医学的な説明の不存在の原因となつていることが認められるのであつて、結局愁訴以上に原告に労災保険法に基づく障害補償給付の対象となるべき障害があるということはできないというほかはない。