全 情 報

ID番号 05154
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 第三者災害求償事件
争点
事案概要  第三者災害につき被害者にも過失がある場合において、国の有する求償権の範囲が争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法20条(旧)
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 国の求償権、示談との関係
裁判年月日 1974年8月8日
裁判所名 札幌高
裁判形式 判決
事件番号 昭和48年 (ネ) 53 
裁判結果 一部変更・棄却(確定)
出典 訟務月報20巻11号106頁
審級関係 一審/05142/札幌地/昭48. 2.16/昭和47年(ワ)3111号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-国の求償権、示談との関係〕
 労働者が第三者の故意または過失に基づく行為によつて業務上災害を受けて損害を蒙り、国が被災労働者に対し同人の蒙つた全損害額を越えない金額の労災保険を給付した場合において、損害の発生ないしその拡大につき同人にも過失があつたときは、国の加害第三者に対する労災法第二〇条に基づく求償は、保険給付額に加害第三者の過失割合を乗じて得た金額に限られると解するのが相当である。その理由は次のとおりである。
 そもそも労災法は、業務上の事由による労働者の災害に対し、迅速且つ公正な保護を与えるための災害補償を行うことを目的としており(第一条)、療養のための給付を除き被害に対し実質損害の算定とは別に、同法の定める基準に従い、一定の金額をその補償として給付し(第一二条以下)、もつて迅速に業務災害による損害からの救済を企図しているものと解すべきである。そして同法第一九条は、被災労働者に被災につき重大な過失があつた場合には政府は所定の保険給付の全部または一部を行なわない旨規定して、保険給付を制限する場合を限定し、被災労働者に過失があつてもそれが重大でない場合には、全部の保険給付を行なわねばならない旨を示し、さらには、過失が重大であつても政府の認定によりその全部または一部を行なうことができる旨を規定している。そうだとすると、被災労働者に過失があつた場合には、それが重大であると否とを問わず、政府がした保険給付の中には被災労働者自らの過失に基づき生じた損害部分に対する補償が当然包含され得ることになるが、この損害部分は、加害第三者が存する場合は本来過失相殺されて被災労働者が加害第三者に対して損害賠償請求権を有しない部分であるから、政府が補償給付をしたからといつて保険代位として右請求権を取得するに由なく、したがつて加害第三者に求償し得べきいわれはないというべきである。その結果、被災労働者は加害第三者から受け得べき賠償額以上の金額を受領し、政府は加害第三者から求償し得る金額以上の金額を支払うことも生ずるが、これらの超過部分の授受は、被災労働者の過失に基づき生じた損害部分についての補償に相当し、同人に過失があつた場合でも能う限り同人の損失を補償しようとする労災法第一条の立法趣旨に従い第一九条において給付制限を限定したことに基づくものであつて、そのための被災労働者が不当に利得し、政府が不当に損失を蒙るなどと称すべき筋合のものではないから、なんら衡平の原則にもとるところはない。しかして、民事上の損害賠償と労災法上の保険給付との間には、一つの損害に対する救済という同一の目的があり、その点においていわゆる相互補完的関係があることは、一般論としては否み得べくもなく、労災法第二〇条も右趣旨に則り規定されるものと解すべきであるが、右の関係は、一方で授受された金銭が他方で授受されるべきそれと実質的に同一視し得る場合にのみ肯定されるものであつて、慰藉料を対象としない保険給付が慰藉料請求権を補完しないのと同じく、損害賠償請求権の範囲外の損害を対象とした保険給付は右請求権を補完するものではない。それゆえ右両者間に補完的関係があることを前提として前記結論を論議するのは当らない。また、前記結論とは逆に控訴人主張の如く、政府は保険給付額全額について求償できるものとすると、政府は、右給付額中被災労働者の過失に基づき生じた損害部分で、労災法第一九条の制限に該当しないものとして同法第一条の趣旨に基づき本来労働災害補償として給付すべきものにつき、結果的に出捐を免れ、他方被災労働者は、迅速な救済を受けるため先に保険給付を受け、のちに加害第三者に賠償請求する場合に、保険給付分を全額控除される結果、本来加害第三者からは支払を受けられないけれども政府から保険給付として支払を受け得る部分を失つて、その分だけ不利益を受けることとなつて、それこそ衡平を欠き労働者に対する迅速、公正な保護を与うべき同法の精神に反するといわざるを得ない。
 果たしてしからば、控訴人の、訴外Aに重大な過失があるのでこれを理由に保険給付の一部を行なつたにすぎない旨の主張がなく、且つ、保険給付額が同訴外人の蒙つた全損害額を越えないことを控訴人が自認している本件においては、給付保険額中にも訴外Aの過失割合分の補償分が包含されているものと推認すべく、控訴人が被控訴人に対して求償し得る金額は、保険給付額三六二、八五八円に被控訴人の過失割合である九割を乗じて得た金三二六、五七二円であるというべきである。