ID番号 | : | 05181 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 都タクシー事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | むちうち症患者への漫然たる長期の労災補償の給付が労基署の過失であるとして、使用者が労基署に対して国家賠償法に基づき損害賠償を請求した事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法75条 労働基準法76条 国家賠償法1条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 審査請求・行政訴訟 / 国等による支給処分の取消等 |
裁判年月日 | : | 1977年10月28日 |
裁判所名 | : | 京都地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和47年 (ワ) 616 |
裁判結果 | : | 認容(確定) |
出典 | : | 時報897号90頁/労働判例290号60頁/労経速報970号3頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 佐藤進・ジュリスト684号162頁/奈良武・労働判例304号14頁 |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-国による支給処分の取消等〕 本件Aの場合のようないわゆるむちうち症は第二次世界大戦中米国の飛行機操縦士の頚部等に発生した症状をわが国のジャーナリズムが誇大に取上げたため三〇年代以後のわが国の交通事故負傷者がこれと同一視し必要以上にむちうち症の症状が誇張されるようになったものといわれているがその実体は衝突又は追突により重い頭を支えている頚椎に過伸展、過屈曲があって生ずるものでBの鑑定書にもあるごとく、学者の統計によっても患者の六九・四%が三ケ月以内に約七三%が五ケ月以内に九六%が一年以内に治癒ないし症状固定するもので一年をこえるものは骨折脱臼等が伴った、少数のものに過ぎずこうした統計は当裁判所が平常取扱っている多くの交通事故にあてはめて考えてもそれ程誤差があるとは考えられず本件Aの場合が特殊例外の場合と解することはできない。 前記C病院の病誌によるとAは四三年以降も永々と同病院に通院し注射投薬を受けていてAが依然として自覚症状を訴えていたことが認められるが四三年中のごときは何ら医師の所見の記載がなく、これは全くAのいうまゝに漫然と注射投薬を繰返していたものと認めざるを得ない。 わが国の保険制度のもとに於ける医療は労働者本人が罹患した場合患者には全く医療費負担がなくその上労災の場合は六割の休業補償金が支給されるのでこれを濫用する者はいつまでも医療の継続を望みがちであり病院側もそれに応じていつまでも診療を続けておれば収入の増大が図られ痛痒を感ぜず、両者の利害が対立せず合致するという特徴をもっている(医療費が患者負担であれば患者は医療の必要性についてもっと真剣に考え、節約するであろうことは見易い理である)。特にいわゆるむちうち症患者の症状は自覚症状が重なので患者が愁訴を続ければ医師もそれを否定しにくいことが多いのと人間は相手の要求を拒否するよりそれに迎合する方が楽であるからどうしても患者の要求に引づられ勝ちである。しかしこれでは国の財政負担と保険料によって賄われている保険制度の健全な運営ができないことは当然である。それを防ぐには第一に患者の良心的自覚であるがそれが期待できない患者の場合は医師の決断が要請されるといわなければならない。古来“病は気から”という諺があるように病気には精神面の作用が大きく、かつ精巧に出来ている人体は大きな外傷とか高令者の場合を除き自然治癒力をもっており、医療はむしろこれを助長するものに過ぎないとまでいわれている位であるから、積極的に治ろうとする意欲、工夫を欠く患者にして濫診濫療を求める患者の要求を拒否する勇気が治療の最たるものという場合があるといえるのに本件におけるAを診療したC病院はそうした決断を欠いていたと解せざるを得ない。もしAが現状のような保険制度のない場合の患者ならこの程度の症状で医師がこのように永々と診療を続けたであろうと考えることは到底できないからである。 況んや労働基準法、労災保険法等の健全な運用を指導監督する立場にある京都下労働基準監督署の係官はAの診療がいつまでも続けられいつもきまった文言の診断書が提出されること、Aの病名が前記のようにいつまでも診療を求め勝ちのいわゆるむちうち症であることに鑑みつとにこれを疑問視しAの日常生活の調査、追跡或は別の医師による厳格な診断治療を求めるべきであったのにことここに出ずることなく労災による休業補償の支給等を続けたことは公務員としてなすべき注意を怠った過失があったといわねばならないのでこれによりAに就業もさせ得ずこれを解雇することも出来なかったために生じた原告の損害を国家賠償法一条により賠償すべきものであるといわなければならない。 |