全 情 報

ID番号 05203
事件名 遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 四日市労基署長(日本運送)事件
争点
事案概要  本態性高血圧症にかかっていた長距離トラックの運転手の高血圧性脳内出血による死亡につき業務上の死亡に当るか否かが争われた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項
労働者災害補償保険法16条
労働基準法79条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1988年10月31日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 昭和62年 (行コ) 4 
裁判結果 棄却
出典 タイムズ693号105頁/訟務月報35巻4号730頁/労働判例529号15頁/労経速報1344号3頁
審級関係 一審/05098/津地/昭62. 2.26/昭和57年(行ウ)4号
評釈論文 佐藤進・ジュリスト962号157~159頁1990年9月1日
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 三 ところで、被控訴人が、本件遺族補償給付及び葬祭料の給付を受ける為には、被災者の死が労働者災害補償保険法一二条の八の二項が準用する労働基準法七九条、八〇条の「労働者が業務上死亡した場合」、即ち、業務と死亡との間に相当因果関係が存する場合でなければならない。そうして労働者がもともと有していた基礎疾病が条件または原因となって死亡した場合でも、業務の遂行が、右基礎疾病を誘発または増悪させて死亡の時期を早める等その基礎疾病と共働原因となって死の結果を招いた場合は、特段の事情のない限り、右の死と業務の間には相当因果関係があると認めるのが相当である。
 これを本件についてみるに、先に認定したように被災者は昭和五一年以降本態性高血圧症に罹患し、要注意、要治療の状態であったが、一時通院治療したとはいうものの、自覚症状のないままに、何等の治療もしていなかったところ、本件天草運行及びこれに続く荷卸作業が被災者の血圧を亢進させ、脳内出血の前駆症状を惹き起こしたものとは認められるけれども、被災者の基礎疾病の状況、運転業務、勤務の内容及び天草運行をするに至った経緯経過等をし細に検討すれば、右前駆症状が直ちに業務に起因するとまでは未だ認め難い。
 しかしながら、先に認定した事実関係によって認められる次の事実、即ち、被災者は、(1)Aケミカルからの帰路、午後〇時五分頃から午後一時三〇分頃までの間に前記の脳内出血の前駆症状(気分が悪くなり、悪心を感じ、激しい嘔吐にみまわれた。)を覚えたのであるが、土地不案内の遠隔地を走行していたうえに、既に帰りの仕事の予定もせまっていて、なるべく早く鳥栖営業所に到達して積荷作業をしなければならぬと考えたこと、(2)被災者は、Aケミカルへはかつて一度来たことがあるにすぎず、当該土地の事情に暗く、健康保険証も所持していなかったため、気軽に医師の診察を受けうる状態になく、知り合いのいる鳥栖営業所にとにかく行こうと考えたこと、(3)前記前駆症状を日頃の癖もあって車酔いと誤認していたBが、被災者の様子にただならぬものを感じたのは、既に高速自動車道上で、容易に方向転換したりできる状態になく、一刻も早く電話のあるサービスエリアに行き、電話連絡したうえで鳥栖に向かうほか方法がなかったこと、(4)脳内出血が発症した場合の救護は、安静にして、できるだけ早く医師の診察をうけるべきであるという公知の事実を合わせ考えれば、松橋町内で医師の診察を受けずに鳥栖へ向かおうとした被災者の選択は、業務上やむなくなした選択と認められ、かかる業務の継続の結果被災者の救護のためとはいえ、廃車時期のせまった大型貨物自動車によって高速自動車道を時速八〇キロメートルを越す高速で走行したことが、被災者の血圧を更に亢進させて病状の進行を早め、また破綻した血管の収縮による止血作用に悪影響を及ぼしたものと認められる。既ち、本態性高血圧症という基礎疾病を有する被災者が、偶々業務遂行中に脳内出血の前駆症状を呈したのであるから、その段階、或いは遅くとも松橋インターチェンジから一つ目のパーキングエリアの段階で、安静に保ち医師の適切な措置を受けてさえいれば、脳内出血までには至らなかったか、或いは軽度でそれを止め、救命の可能性があったと認められるにかかわらず、やむをえず業務を継続したことが血圧を更に亢進させ、急激に病状を増悪させて脳内出血を発症させ、死の結果を招いたものというべく、業務と死の結果には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。