ID番号 | : | 05232 |
事件名 | : | 船員保険金不支給処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 第八宝来丸事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 出漁中の船内において乗組員が船長に包丁で刺されて負傷した事故につき、業務に起因するか否かが争われた事例。 |
参照法条 | : | 船員保険法30条2項 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 暴行・傷害・殺害 |
裁判年月日 | : | 1990年1月29日 |
裁判所名 | : | 札幌地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和63年 (行ウ) 1 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | 訟務月報36巻9号1687頁/労働判例560号54頁 |
審級関係 | : | 控訴審/札幌高/ . ./平成2年(行コ)2号 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-暴行・傷害・殺害〕 A船長は、同日午前八時半ころ、煙草を取りに右船室に戻ったが、原告がまだ船室でD甲板員と話をしていたことから、原告が自分に無断で医薬品を持ち出して自分をないがしろにする態度をとったことを思い出し、原告に対し、とげのある口調で「何だ、まだいるのか。」などといやみを言ったところ、原告がこれに反発して「部屋にいちゃわるいのか。」などと言い返し、A船長は「いいとも悪いとも言ってねえだろう。」と言って部屋を出た。 その場は一旦収まり、A船長は、同日午前八時四〇分ころ、再度船橋に赴き、見張りのための当直勤務についた。 (四) A船長の態度に腹立ちが収まらなかった原告は、二、三〇分後、船橋で左舷見張り用椅子に座っていたA船長のもとに赴き、A船長に対し「部屋に行っちゃわるいのか。」と声を荒げて言った。すると、A船長は、「いいとも悪いとも言ってねえだろう。なんだその目つきは。格好つけるなよ。おまえは何でもやり過ぎなんだよ。八戸に入ったらおまえを船から降ろすからな。俺は船長だからそれくらいのことはできるんだぞ。それとも俺が降りるか。そのときは保証金全部取るからな。おまえの顔を見ると気分が悪くなるから帰ってくれ。名前ばかりの船長でもいいからおまえやってみろ。煙草みたいに海にほうり込めるならやってみろ。」などと言ったため、原告はA船長に対し、「何がやり過ぎなんだ。船も満足に動かせない名前ばかりの船長のくせに。俺が網一つ作るのにおまえはなんぼ作った。俺の四分の一しかやってねえでねえか。煙草みたいに海へ放り込んでやろうか。やってやるから出ろ。」などと暴言を吐いたうえ、依然として左舷見張り用椅子に座っていたA船長の頭や胸を平手で小突き、さらには、A船長が吸っていた煙草を平手で払い落とすなどの暴行を加えた。 ここにおいて、A船長は、B船に乗り組んで以来、内面にうっ積していた原告に対する憤まんが一気に爆発し、とっさに原告を殺害しようと決意し、右足先で原告の腹部を蹴りつけ、原告が後方によろけた隙に左舷見張り用椅子から立ち上がり、右舷見張り用椅子内側の小物入れにかねて隠しておいた前記マキリ包丁で原告の腹部を突き刺し、原告に腹部刺創、敗血症、急性腎不全の傷害を負わせ、さらに、「ぶっ殺してやる。」と叫びながら逃げる原告を追い掛けた。 2 右認定事実に基づいて検討すると、本件災害は、原告が、職務待機中、A船長の些細な言葉に反発して口論となり、一旦はA船長が原告のもとを離れたものの、原告においてA船長の態度に我慢することができず船橋において当直に従事していたA船長のもとに赴き暴言をはいたり、小暴力を加えるなどしてA船長を挑発しそれがA船長の立腹を誇発した結果生じたものであるが、右口論の背景にはA船長が日ごろから漁労作業中の態度、医薬品の取扱いなどに関して、原告に対し抱いていた憤まんの蓄積があり、その憤まんをつのらせた原因は、漁獲量を確保し、航海の安全を図るためには厳しい労働と迅速な作業処理、漁魚の慎重な箱詰め、冷凍処理、労働災害の防止に意を用いる必要があったが、A船長が船長として漁船に乗り組むのは初めてであり、イカ流し網漁の経験もなく、漁労作業等に不慣れであったことなどから必ずしも満足のいくものでなかったこと及びおとなしい人物であったことなどから、原告が、C甲板長ら上司の意を受けていることをいいことにして、A船長の船長としての立場を全く無視し、他の乗組員の面前で、ことさらに再三にわたり、A船長を侮辱・嘲笑・罵倒するなどの行動を取り続けたことにあるということができる。そうすると、右口論に引き続いて発生した本件災害は、その発端においてB船におけるイカ流し網漁の業務と全く関連性がないとはいえないものの、蓄積された憤まんが一気に昂じて偶発的に起った私的喧嘩の色彩が強いものであり、A船長が加害行為に及んだのはその直前の原告の私的挑発行為によるものというべきであるから、右業務との相当因果関係を認めることができず、結局、本件災害が職務に起因するものということはできない。 |