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ID番号 05242
事件名 不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 八幡浜労働基準監督署長事件
争点
事案概要  粉じんの飛散する場所で従事してきた労働者がじん肺にかかり、後に肺がんで死亡した事例につき、じん肺と肺がんとの間に相当因果関係があるとして業務起因性が認められた事例。
参照法条 労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法75条2項
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1990年1月25日
裁判所名 松山地
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (行ウ) 1 
裁判結果 認容・確定
出典 タイムズ725号134頁/訟務月報36巻9号1655頁/労働判例557号34頁
審級関係
評釈論文 原田保孝・平成2年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊762〕358~359頁1991年9月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 3 右認定の事実によれば、じん肺(けい肺)の原因物質であるけい酸に発がん性がないことは、ほぼ医学上の定説であり、また、じん肺が肺がんの起因原因となっているとの医学上の見解も存するが、右見解は未だ医学上の定説となるに至っていないことが認められる。しかしながら、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義もゆるされない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁判所昭和四八年(オ)第五一七号、同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集第二九巻第九号一四一七頁参照)。
 そこで、右の観点から訴訟上の因果関係を認めうるか否かについて、右認定事実を検討する。近年におけるじん肺症患者の肺がん合併の発生率は一様に高いと報告されており、殊にA病院のじん肺剖検例及び日本剖検輯報に基づく各報告によれば、少なくともじん肺症患者の約一五パーセントの者に肺がんの合併症が認められ、この数値は同年齢層の一般男子の肺がん罹患率(相対的危険度)の約六倍に当り、しかも右A病院のじん肺剖検例の報告は、疫学的手法に従い慎重な吟味を加えて肺がんの合併頻度を求めた場合でも、一般男子のそれより約三倍であると報告しており、また(二)記載のじん肺と肺がんの関連に関するプロジェクト研究班の調査によれば、じん肺患者の一三・七パーセントが肺がんにより死亡しており、わが国の一般男子人口における肺がん死亡率との標準化死亡比は四・一倍である(なお、これより低い数値の報告も存在するが、統計的な数値を問題にする際には、その統計の取り方によっては正確な実体を表せないものであるから、厳密な調査・検討に基づいて算定されたものを採用すべきであるところ、右報告及び調査による数値は、そのような点を考慮してなされており、他の数値に比較して最も信頼しうるものであり、その他の数値はたやすく採用しえない。)。証人Bの証言によれば、一般に肺がんとの相当因果関係が認められている石綿肺における相対的危険度は五倍ないし七倍であることが認められるところ(これに反する証拠はない。)、右数値は石綿肺の場合に近い高値になっている。一般の肺がんにおいて右肺の腺がんが多いとされているのと比較して、じん肺症患者に合併して発生する肺がんは、左肺下葉部に原発するものが多く、扁平上皮がんが多いとの報告が多いところ、これらの特徴は、外因性のがんにみられるものであり、じん肺に合併して発症する肺がんがじん肺の原因物質である粉じんに関連していることを窺わせる。また、じん肺症患者に肺がんが発症する仕組みについては、じん肺症による病変部の瘢痕ががん化するとする見解、じん肺症により免疫低下を生じ、そのために肺がんが発がんしやすくなるとする見解、じん肺症により炎症を起こした部位が発がんのための母地となるとする見解などが主張されている。そして、前記認定事実、〈証拠〉によれば、前二者については有力な反対が存するものの、最後の見解については、未だ明確に反対する見解は表明されておらず、むしろこれに好意的な研究結果も報告されていることが認められ、これに反する証拠はない。右のじん肺患者で肺がんを合併する者が一般の場合に比べて極めて多いということ、しかも、その肺がんは一般の場合の肺がんと異なった部位に発症し、組織型を有すること、じん肺に肺がんが発生することを説明する有力な見解が存在し、これを支持する調査結果が存在するが、明確に反対する見解が未だに存在しないということ、じん肺と肺がんとの何らかの関連性を認める報告は存在するが、積極的に否定する報告は存在しないということなどの事実を総合すれば、前記のとおり医学上はじん肺と肺がんとの因果関係が未だ認めうるとする状況にはないとしても、少なくとも本件で問題となっているじん肺と左肺下葉部に原発した扁平上皮がんとは、特段の事情がないかぎり、訴訟上の相当因果関係を認めるのが相当である。