ID番号 | : | 05243 |
事件名 | : | 保険給付不支給決定取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 大阪中央労働基準監督署長事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 本態性高血圧症および脳動脈瘤の基礎疾病を有する電話配管工が勤務時間中に脳動脈瘤破裂・くも膜下出血により死亡した事例につき、業務起因性が否定された事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法76条 労働者災害補償保険法12条の8 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性 |
裁判年月日 | : | 1990年1月29日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和61年 (行ウ) 60 |
裁判結果 | : | 棄却(確定) |
出典 | : | 訟務月報36巻8号1436頁/労働判例556号26頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 三 右認定事実を基に本件疾病と業務との因果関係について検討する。 1 労災保険法に基づく保険給付を受けるための要件である「業務上疾病にかかったこと」とは、当該疾病が単に就労中に発生したとか、当該疾病と業務との間に条件的因果関係があるというだけでは足りず、当該疾病と業務との間にいわゆる相当因果関係が存在することを要すると解される。 本件のように、その破裂により蜘蛛膜下出血を引き起こす蓋然性の高い脳動脈瘤の基礎疾病を有する者において、その破裂により蜘蛛膜下出血が生じた場合、脳動脈瘤の破裂について業務起因性を認めるためには、業務の遂行がその者の有する基礎疾病を急速に増悪させ、その結果右発症を著しく早めたものであることなど、業務の遂行が右発症の諸原因のうち相対的に有力なものと認められる場合でなければならないというべきである。 2 AのB会社における就労状況は前認定のとおりであり、本件発症日前及び発症日当日においても、特に過激な業務に就労した事実はなく、過労の蓄積をもたらす勤務状況でもない。 3 Aは本件発症日において、午前二時三〇分ころから同六時ころまで乗用車を運転しており、〈証拠略〉によれば、車の運転は絶えず緊張を伴うものであり、持続的な血圧上昇をもたらすことが認められる。しかしながら、Aはしばしば休日に自宅に戻り、勤務日の早朝自家用車で自宅を出発していたのであり、同人にとって自宅から本件宿舎までの運転は日常的であり、本件発症日前二日間自宅で休養しており、本件宿舎到着後に仮眠していることからしても、右運転が同人にとって特段過激な精神的、肉体的負担を伴うものとはいえない。加えて、〈証拠略〉によれば、右運転がAの脳動脈瘤破裂の原因であるとするならば、時間的経過からして、本件疾病はその運転中ないしは本件宿舎到着直後に発症した可能性が強いが、実際にはAは本件宿舎到着後仮眠し食事をとった後ダンプカーを運転して午前九時ころ本件現場に到着しているのであり、その直後に身体の不調を訴えたものであることからして、右運転が本件発症の原因であるとは考え難いことが認められる(この認定に反する〈証拠略〉は、〈証拠略〉に照らし採用しない)。結局右運転がAの基礎疾病を急速に増悪させたものと認めることはできない。 4 原告は、脳動脈瘤の警告徴候があった後Aが作業に従事したため、脳動脈瘤が破裂したものであるので、業務起因性を認めるべきであると主張する。 〈証拠略〉によれば、脳動脈瘤が破裂する前に、【1】脳動脈瘤の増大及びその付近の動脈の拡張、【2】脳動脈瘤からの小出血、【3】脳動脈瘤付近の動脈の収縮又は閉塞による脳組織の乏血又は貧血などが生じ、それにより頭痛、吐き気、嘔吐、四肢の麻痺、めまいなどの症状が見られることがあり、右症状を脳動脈瘤における警告徴候と言うこと、Aが本件現場において身体の不調を訴えダンプカーの運転席で横になっていたことは、その後同人の脳動脈瘤が破裂したことからして、警告徴候と推認しうること、警告徴候を示した脳動脈瘤は非常に破裂しやすい状態になっており、右徴候が見られた後は絶対安静が望ましく、何らかの動作をすることにより血圧が上昇すると脳動脈瘤の破裂による大出血が起こる可能性が高いこと、一般的に肉体を動かすことにより血圧は上昇するものであり、警告徴候後は単に日常生活において生じる軽度の血圧上昇でも脳動脈瘤は破裂し得ることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。 原告の右立論に立脚すると、警告徴候後ごく軽度の作業に従事し脳動脈瘤が破裂したときでも、業務起因性を肯定すべきことになるが、警告徴候後は日常生活の起居動作において生じる軽度の血圧上昇でも脳動脈瘤は破裂し得るものであることからして、右場合には業務の遂行が脳動脈瘤破裂の諸原因のうち相対的に有力なものであるとは到底認められないから、原告の所論は採用できない。本件においては、前認定のとおりAは警告徴候後作業に従事していないのであるから、いずれにしても、本件発症日の業務が本件発症の相対的に有力な原因であると認めることはできない。 5 本件宿舎の居住環境が良くなかったこと、並びにB会社において健康診断が行われていなかったことが、Aの脳動脈瘤の形成及び破裂に何らかの影響を与えたことを認めるに足る証拠はない。 6 以上説示のとおり、Aの業務が相対的に有力な原因となって脳動脈瘤が形成又は破裂し、本件疾病が生じたと認めるに足りない。 |