全 情 報

ID番号 05264
事件名 従業員地位保全等仮処分申請事件
いわゆる事件名 船井電機・池田電器事件
争点
事案概要  子会社の閉鎖にともない親会社が子会社の再建と再雇用することを和解協定書で合意した後、その子会社を営業譲渡し、それが破産に至った場合につき、親会社に雇用契約の維持義務違反ありとして損害賠償の支払が命ぜられた事例。
 営業譲渡後の子会社の法人格否認の主張につき、その法人格がまったくの形骸にすぎないとはいえないとされた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 使用者 / 法人格否認の法理と親子会社
労働契約(民事) / 労働契約の承継 / 営業譲渡
労働契約(民事) / 労働契約の承継 / 新会社設立
裁判年月日 1990年3月31日
裁判所名 徳島地
裁判形式 決定
事件番号 昭和62年 (ヨ) 173 
裁判結果 一部認容却下
出典 労働判例564号81頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約の承継-営業譲渡〕
〔労働契約-労働契約の承継-新会社設立〕
 以上に説示したところからすれば、企業譲渡当時、A会社としては、相当の注意を怠らなければ、Bに対して新C会社の経営を委ねてしまった場合、A会社から特段の援助、協力を続けるのでない限り、新C会社の健全な維持、発展を図ることは容易なことではなく、譲渡後の新C会社の倒産という事態が生ずることもありえないことではないことを予見できたものというべきである。それにもかかわらず、A会社があえて企業譲渡に踏み切ったのは、A会社において、新C会社の経営に意欲を失い、その経営から手を引くことのみに急であって、譲渡後の新C会社の経営や一二・一八協定のことについて十分な配慮をしなかったことにあるのであり、一方、本件疎明資料によれば、A会社からBに対して売り渡された工場の土地・建物、とくに土地の価額は時価よりもかなり低いものであったことがうかがえるのであって、このことも併せて考えると、Bとしては、企業譲渡後のD会社の経営について確固とした成算があったわけではないが、もともとD会社には会社財産というほどのものはないのであり、Bが個人で取得する右土地・建物の価額が時価よりもかなり低いものであるとすれば、仮にD会社の経営が失敗に終ることがあっても重大な不利益を被ることはないのであって、新C会社についての企業譲渡はA会社とBとの右のような思惑がかみ合った結果として行われたものと推認できるのであり、ここでは従業員の雇用確保に特別の配慮が払われた形跡はみられない。そうすると、一二・一八協定に基づく債務の履行によって一旦現出した前記一〇九人の従業員の雇用確保の状態がD会社の破産によって覆ってしまったことについてはA会社に責を帰すべき事由があるということができるから、A会社は右一〇九人の従業員の中の(別紙)当事者目録記載の番号1から15、19から38までの申請人らに対し、改めて一二・一八協定の前記条項に基づく債務を履行するか、それが不可能であれば、他の職場を提供するなどこれに代る相当の措置を講ずべきであり、その履行が滞っている間は、そのために生じた損害を賠償すべきである。
 次に、(別紙)当事者目録記載の番号16から18、39から63までの申請人らは、新C会社の設立後、その名において雇用されたものであることは前記のとおりであり、前記のような一二・一八協定成立の経過及びその趣旨・目的に照らせば、一二・一八協定が右申請人らにまで適用されるものでないことは明らかである。申請人らは、A会社も新C会社と二重の関係で右申請人らを雇用したように主張するが、本件疎明資料からは、そのことを理由付けるに足りる事実を見出すことはできない。
〔労基法の基本原則-使用者-法人格否認の法理と親子会社〕
 2 いわゆる法人格否認の法理は、会社その他の社団法人において、法人格が全くの形骸にすぎない場合又はそれが法律の適用を回避するために濫用される場合に適用されるとするのが確立した判例(最高裁判所昭和四四年二月二七日第一小法廷判決民集第二三巻第二号五一一頁)である。そこで、まず、これをA会社と新C会社との関係についてみるのに、新C会社は実質的にはA会社の製造部門の一部といえないこともないほどのものであり、会社業務の運営はA会社の全面的な支配下におかれていたことは前記のとおりである。しかしながら、本件疎明資料によれば、新C会社はA会社のいわゆる子会社であって、それぞれの財産関係は明確に区分され、決算等の会計処理も独自に行なわれていて、誤認、混同等が生ずる状態にはないこと、新C会社は申請人らとの雇用関係をはじめ第三者と取引関係を結ぶときはその名によってしており、A会社との混同が生ずるようなことはないし、申請人らに対する賃金をはじめ右取引によって生じた金銭債務も会社財産によって支払っていることが一応認められ、これからすると、新C会社の法人格が「全くの形骸にすぎない」とまでいうことは困難である。また、本件疎明資料によれば、A会社にはかって多くの工場、事業場等があったが、過去のある時期にこれらの工場等を独立の会社とし、A会社はこれらを統括し管理するための本社機構のみとなったこと、旧C会社がA会社とは別個の会社とされたのもこのような経営方針の一環であったことが一応認められ、これからすると、旧C会社ひいては新C会社がA会社とは別個の会社とされたのは独立採算制、経営責任の明確化等を志向する経営政策によるものであって、第三者に対する債務の支払を免れるなど法律上の責任を回避する意図によるものとはいえない。したがって、新C会社と申請人らとの雇用関係において、法人格否認の法理により新C会社の法人格が否認され、右雇用関係がA会社との間に存在すると認めることは困難である。
 前記のとおり、D会社は企業譲渡により新C会社の事業をその従業員も含めてそのまま受け継いだものであり、D会社になってからは、Bによって独自の経営が行われていたのであって、D会社は、企業譲渡後の数年間、A会社からの援助、協力を受けはしたが、会社業務の運営についてA会社の支配を受けることはなかったことは既に述べたところから明らかである。したがって、D会社との関係で法人格否認の法理が適用される余地はなく、企業譲渡によって新C会社と申請人ら間の雇用関係がD会社に受け継がれたとしてもD会社の法人格が否認され、右雇用関係がA会社との間に存在すると認めることは困難である。