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ID番号 05268
事件名 船員保険遺族年金の支給に関する処分取消請求事件
いわゆる事件名 社会保険庁長官(第五新高丸)事件
争点
事案概要  仮停泊中の船から転落死した事故につき、休憩時間中に酔って小用を足そうとした際のものであって業務起因性は認められないとされた事例。
参照法条 船員保険法50条1項3号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務遂行性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 1990年4月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和63年 (行ウ) 69 
裁判結果 棄却
出典 労働判例562号72頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務遂行性〕
 (一) 職務遂行性について
 船舶に乗船中の船員については、船内労働の特殊性により、船舶が出港してから入港するまでの間は、たとえ賃金計算の基礎とされない非拘束時間であっても、船内にある限りは、継続して船舶所有者(使用者)の支配関係の下にあるものということができ、したがって、例外的に右のような船舶所有者の支配関係から脱したものと評価し得るような特段の事由がない限り、職務遂行性が認められるものと解すべきところ、本件事故が、本船の出港から入港までの間の仮停泊中に、本船内で生じたものであることは、1のとおりである。
 しかして、被告は、本件事故当時、Aが酩酊状態にあって職務を遂行することが困難な状況にあったので、職務遂行性を認めることができない旨主張するところ、本件事故当時、Aが飲酒のため相当程度に酔っていたことは4のとおりであるが、それがため、一等機関士としての職務その他の職務命令に基づく各種船内労働を行うために要求される職務遂行能力を全く欠いていたとまで認めるには至らず、また、他にこの点を首肯させるに足りる証拠もないから、被告の右主張は失当であり、他に、Aが船舶所有者の支配関係から脱したものと評価し得るような特段の事由の存在を認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、本件事故について職務遂行性が存在しないものとすることはできない。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 (二) 職務起因性について
 (1) 職務起因性は、右のとおり、当該事故が労働契約に基づいて使用者の支配下にあることの危険が現実化したものと経験則上認められる関係にあることを意味するものであり、それ故、船舶が出港してから入港するまでの間は継続して船舶所有者の支配関係の下にあるものというべき船舶に乗船中の船員であっても、休憩時間中に私的行動をとっていて生じた事故については、当該事故が船舶施設に起因して発生した場合に限り、職務起因性があるものと解するを相当とする。
 原告は、事故について職務遂行性が認められる以上、これが休憩時間中の私的行為、特に小用をたすなどのような通常有り得る生理的必要行為によって生じたものであるとしても、当然に職務起因性が認められるべきであると主張し、また、事故が船舶施設に起因して生じた場合には、職務遂行性及び職務起因性の存否を問うまでもなく、それだけで職務上の事由に該当するものと解すべきであるとも主張するが、いずれも独自の見解であって採用するを得ない。
 (2) 本件事故は、Aが休憩時間中に、私的行為として、小用をたそうとした際に生じたものであることは2のとおりであるから、本件事故が、本船の施設に起因して生じたものであるかどうかについて検討する。
 ア Aは、小用をたそうとして本件開口部に至り、同所から海中に転落したものであるところ、その際に本件開口部の転落防止用の鎖が掛けられていなかったことは、5のとおりである。
 イ しかしながら、1ないし5によれば、本件事故当時は、海上は穏やかで船体の動揺はほとんどなかった上、本件開口部付近を照らす照明設備にも異常はなかったのであるから、かような状況の下においては、船員としての通常の注意能力をもってすれば、本件開口部付近に至ったとしても、同所から海中に転落することは、転落防止用の鎖の有無にかかわらず、一般的には考え難いものというべきである。そして、それにもかかわらず、Aが同所から転落したのは、飲酒によって相当程度に酔っていたのに、あえて小用をたそうとして同所に至り、同所で酒酔いのため態勢を崩したことによるものである上、本件開口部が、各船員において平常小用をたすために利用されている場所であるとしても、本来はそのような用途で設けられたものではなく、本船には食堂に隣接して便所が設けられており、その利用に格別の不都合があったとも考えられないところ、仮に、Aが、自己の酔いを考慮して右便所を利用したとすれば、本件事故は生じなかったことは明らかであるから、本件事故は、専らAの極めて不用意な行動に伴って生じたものであって、本件開口部の鎖が掛けられていなかったことをもって、本件事故の発生に係る船舶施設の瑕疵とまでいうことはできない。
 そして、他に、本船に本件事故を招来するような危険のある設備が存在したことを認めるに足りる証拠は存在しないから、結局、本件事故について職務起因性の存在することは認められない。