全 情 報

ID番号 05305
事件名 超過勤務手当金請求事件
いわゆる事件名 京都府超勤手当請求事件
争点
事案概要  市町村立小学校の教諭が教育事務を処理するため居残りをしたことにより時間外の勤務についたことになるとして割増賃金を請求した事例。
参照法条 労働基準法9条
労働基準法10条
労働基準法37条
労働基準法114条
労働基準法旧32条1項
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 大学助手・講師・教師
労基法の基本原則(民事) / 使用者 / 小学校長
労働時間(民事) / 時間外・休日労働 / 時間外・休日労働の要件
賃金(民事) / 割増賃金 / 違法な時間外労働と割増賃金
雑則(民事) / 附加金
裁判年月日 1950年11月9日
裁判所名 京都地
裁判形式 判決
事件番号 昭和23年 (ワ) 729 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 労働民例集1巻6号1043頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法の基本原則-労働者-大学助手・講師・教師〕
 労基法にいう労働者とは第九条に定義されている如く「作業の種類を問わず、前条の事業又は事務所(以下事業という)に使用される者で賃金を支払われる者」をいゝ、前条すなわち第八条はその第十二号において、「教育、研究又は調査の事業」を挙示しているから、教員も第八条第十二号第九条によつて同法にいう労働者に該当すると解すべきである。成立に争がない甲第三号証の二(昭和二十三年六月十日付京都労働基準局長発京都府知事宛通達)によればこの点に関する京都労働基準局の見解も判示と同趣旨であることが認められる。もとより教員の勤務は教育労働の特殊性からその成果を時間的に算定することは少くとも頗る困難であつて他のある種の労働の如く、例えば時間外勤務があれば、直ちにそれに応ずる生産量の増加、その他現実の効果が顕現するということはない。しかしながらこのことから直ちに被告代理人の主張するように、教員が労基法にいう労働者ではないと断ずべき何等の合理的理由を発見することはできない。蓋し労基法は俗に労働憲章といわれる如く、かつての工場法がただ職工のみを保護の対象としていたのとは異り、ひろく近代社会における労働者の人権保障としての意義を担つているのであつて他の法律においてその適用を排除しない限り(例えば国家公務員法新附則第三条船員法等)ただ僅かな例外として「同居の親族のみを使用する事業」と「家事使用人」のみを適用の外においているに過ぎず、苟くも、労働の従属性ないし従属的労働と呼ばれる近代社会に特有な労働関係の存する限りそれが直接に物質的生産に結付いた生産労働であると、その他の不生産労働であるとを問わず、常に適用あるものと解すべきである。小学校教員といえども、その労働の特殊性を除けば、彼の全生活は経済的社会的生活条件の実質において、自己及びその家族の生活に必要な生活資料を得るためには、その労働力に頼るの外はないという意味においては、正に近代社会における典型的な労働者であり、しかも彼が教員として就職するため労働契約を取結ぶ場合には自己の意思によつて自由に労働条件を決定するわけではなく、彼がその意思によつて直接に取得するものは当該学校内における教員としての身分、地位に過ぎず、この地位に関連する労働の諸条件はすでに契約以前に定められ、彼はただそれを受取り、所与としてその勤務秩序の規律統制に服せざるを得ないのであつて、その勤務、労働関係に、程度の差こそあれ労働時間においても、作業態容においても、使用者意思えの従属性が存する意味において小学校教員も従属的労働者であつて独立経営者の如く、労働時間や作業態容を自ら決定し得ざる関係上、労基法によつて労働時間を制限したり、休日を規定したりせねばならぬ立場に置かれているのであつて、資本と労働との対立がないという点は別として労基法を適用すべき必要性においては他の工場労働者と異るところはないからである。
〔労基法の基本原則-使用者-小学校長〕
 労基法第十条によれば「この法律で使用者とは事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をするすべての者をいう」のであるから、苟くも事業主のため、労働者の人事給与はもとより、その他労務管理事業を行う者、別言すれば、制度として労働条件に関する指示をなす者は、その限りにおいてすべて労基法上の使用者たる地位を有するものというべく、この場合当該使用者が生活諸条件の実質において指示を受ける労働者と利害を共通にする部分があることは彼が使用者たることを妨げない。而して学校教育法第二十八条によれば小学校長は「校務を掌り、所属職員を監督する」とあるから、その監督権の範囲において校長は所属職員に対し労務管理事務を行うものというべく、その限りにおいて労基法上の使用者たる地位を有するものと解しなければならない。
〔労働時間-時間外・休日労働-時間外・休日労働の要件〕
 労働契約は法律形式としては確かに民法上の契約の一種であるが、元来平等の関係に立つ両当事者が、お互に提供し合うもの即ち労務と代償の内容を具体的に知つて行う民法第二章第八節の規定する雇傭契約とは著しく趣を異にする。それは労働者と雇主との支配、従属の社会関係から生れてくるのであつて、特にその直接の目的が、その企業における労働者たる地位の取得にあつて、単純な債権的契約ではなく、一身の身分法的契約であることが労働契約の特色である。一種の身分取得の契約であるから、労働者は契約内容の細かいことを一々知る必要もなく、又就職後において使用者や同僚との間に生ずる種々の関係を言わば社会的所与として受取ることになるのである。本件において原告がなした超過勤務は正にかような従属的関係において労基法上の使用者たる校長の示した学校内における勤務秩序の規律統制に服してなされた労務の提供にほかならない。そして労基法第三十七条は後述の如く事実上超勤をさせた場合の基準を設定する意味をもつからかつて教員の超勤は無償であつたとしても右労基法の基準にまで高められ有償なものとなつたというべきである。
〔賃金-割増賃金-違法な時間外労働と割増賃金〕
 労基法の有する右の如き他律的労働法としての性格を考えると寧ろ労働者が無自覚なるが故に之を他律的に保護する要があるのであつて時間外労働、休日労働、深夜業労働を違法に行つた場合にも処罰を受けることとは別にし割増賃金に付ては適法なる場合と何等異ることなく之を支払うことを要すると解することは敍上縷述したところからして結局妥当であると思う。
〔雑則-附加金〕
 なお原告等は被告に対し労基法第百十四条により、前記未払金の外これと同一額の附加金の支払を求めるけれども右附加金は違反行為に対する民事的制裁たる性質を有するものと解すべきところ、本件において労基法施行間もないこととて関係諸法令やその取扱のさだかでなかつた当時の事情を考えると被告に対し殊更右制裁を課す必要を認めない。