全 情 報

ID番号 05324
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 樋口鉱業事件
争点
事案概要  争議行為の際に保安要員の引き上げの指導をなしたことが違法であったとして懲戒解雇された事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
労働関係調整法36条
体系項目 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 違法争議行為・組合活動
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の根拠
裁判年月日 1954年1月19日
裁判所名 福岡地飯塚支
裁判形式 判決
事件番号 昭和28年 (ヨ) 14 
裁判結果 申請認容
出典 労働民例集5巻1号51頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の根拠〕
 そもそも、懲戒解雇は企業における生産過程の中にその有する労働力を位置ずけ、組織ずけられた労働者の行為が企業の経営秩序を乱し、その完全なる運行を阻害することにより企業の生産性を減少した場合に経営権の主体たる使用者より加えられる懲戒処分中最も厳重なるもので、当該労働者との雇傭契約を一方的に解除する意思表示たるに止まらず、精神的、社会的に労働者の名誉感情を毀損し、また経済的にも一般解雇はもとより他の懲戒処分に比較して格段の不利益を随伴するを通常とする。従つて、懲戒解雇の場合には一方において使用者側に労働者の懲戒事由を誘発したり、信義に反する行為をする等その責に帰すべき事情の存在せざることを要し又他方において労働者側に改唆の見込全く存在せざるため、同人を減給又は出勤停止等軽度の処分に付して反省の機会を与えることが全く無意味であつて、当該労働者を企業内に存置することが企業の経営秩序を乱し、その生産性を阻害すること明白な情状あることを要する。若し、かゝる情状なき場合には使用者は懲戒解雇以下の軽い処分に付すべき拘束を受け、懲戒解雇に付するを得ないものといわなければならない。本件就業規則第六十二条が懲戒処分に一、解雇、二、謹慎、三、罰俸、四、譴責、五、有給休暇取消と五段階を設定し、又その第六十三条が右各処分の内容を仔細に規定し、その異同を明白にしているのはまさに、右の理を当然の前提として定立されたものというべきである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-違法争議行為・組合活動〕
 組合が本件保安要員の提供拒否を断行した動機はあくまで被申請会社の行う前記採炭、撰炭、送炭をスト切り崩しのための生産採炭一貫作業と考え、その心理的作戦に対坑せんとするためのものであつたこと、そのため、被申請会社が職員による採炭や坑口出炭等を中止するならば、組合はいつなんどきでも保安要員を入坑せしむる意思であつたこと、本件第四波当時、組合側では木城炭坑における坑内条件が保安採炭をなさなければならない程不良のものであることは認識しておらず、まして保安放棄の結果、坑内が復帰不可能のものになるとは全く予想していなかつたこと、又当時、被申請会社には組合員以外に職員、助手等の非組合員が約百名あり、従つて、たとえ組合が保安要員の入坑を拒否しても、会社側において充分坑内保安を維持する能力があると考えていたこと、事実第四波ストの全期間に亘り、会社側の手によつて木城炭坑の坑内保安が維持されたこと、組合は保安拒否に当り、会社側の就業命令によつて入坑せんとする組合員を暴力によつてまで阻止しようとはせず、又会社側要員たる職員、助手等の入坑については全くこれを阻止しなかつた等の事実を一応認めることができるから本件第四波当時、組合側に保安放棄を実行するにつき、慎重な配慮と理性を欠いていたことはいうまでもないが、自己の職場を復帰不可能にならしめてまで保安放棄を断行しようという程の積極的な意図は存在せず、恕すべき点もない訳ではなかつたものといわなければならない。
 そこで進んで申請人A個人の情状について考えてみると、前掲甲第十二号証に同申請人訊問の結果を綜合すれば、申請人Aは昭和十三年十二月二十八日、本件木城炭坑に坑内夫として雇傭され、本件解雇当時まで勤続実に十四年以上に及び中堅優良坑員であることを一応認めることができ、他に同申請人が出欠たゞならず、勤務成績不良なる等、坑員たるの適格を具備しないことについての疎明は全く存在しない。
 3、してみれば、右の如き情状の下においては申請人Aを謹慎、罰俸、譴責等の軽い処分に付してこれに反省の機会を与えることが全く無意味なことであるとは毫も考えられず、況んや、同申請人を申請会社に引続き存置せしめることが被申請会社の経営秩序をみだし、企業の生産性を阻害するに至ること明白なるものとは全く考え及ぶことができない。即ち、申請人Aには懲戒解雇に値する程、不都合な情状は存在しなかつたものというべきである。
 五、以上のとおりであるから申請人等に対する本件解雇の意思表示は先ず申請人Bについてはなんら懲戒解雇に該当する事由なきにかゝわらず解雇に付した違法があり、一方、申請人Aについては違法なる保安要員の提供拒否を指導した点において懲戒事由が存在するけれども、懲戒解雇に値する程悪性の情状存在せざるにかゝわらず一挙に飛躍して解雇に付した点において違法があり、いずれも、懲戒解雇に関する就業規則の正当な適用を誤つたこと明白で法律上無効といわなければならない。