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ID番号 05335
事件名 損害賠償請求控訴並びに附帯控訴事件
いわゆる事件名 大阪小型自動車事件
争点
事案概要  運転手の過失により死亡するに至った同乗者(助手席にあって仮眠中)の遺族が運転手の使用者に対して損害賠償を請求した事例。
参照法条 労働基準法84条2項
労働者災害補償保険法旧12条2項
体系項目 労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労基法との関係
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 労災保険と損害賠償
労災補償・労災保険 / 損害賠償等との関係 / 慰謝料
裁判年月日 1954年9月29日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和27年 (ネ) 553 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 高裁民集7巻10号780頁/法曹新聞94号9頁
審級関係 一審/大阪地/   .  ./不明
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労基法との関係〕
 労働基準法第八四条第二項は「使用者はこの法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。」旨を規定しているのに、民法による損害賠償と労働者災害補償保険法による保険給付との関係については法律にはそのような明文は存しない。しかしながら、同法制定の趣旨は、労働者に対する業務上の災害補償を労働基準法によつてその義務を負う使用者の直接補償に委ねただけでは、使用者の無資力とか不誠意によつて補償の実を挙げられないおそれがあるし、補償義務を負う使用者の立場からしても、不測の損害の負担についての平均化予算化が望ましいので、使用者が右保険の加入者であるときに、使用者の本来なすべき災害補償義務を国家が肩替りして、労働者に対する災害補償を迅速且つ公正に保険給付の形式で行うものに外ならない。このことは労働者災害補償保険法第一条、第二条、労働基準法第八四条第一項前段の規定上明白である。そうだとすれば、労働基準法第八四条第二項を類推して、使用者は、労働者が労働者災害補償保険法による保険給付を受けた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れるものと解するのが、事理上当然であるといわねばならない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 問題は、右災害補償金(労働者災害補償保険法による保険給付を含む、以下同じ)の支払によつて使用者は民法上の損害賠償の責を、具体的にはどのように免れるか、「同一の事由」とは何を指称するかである。労働者災害補償保険法第一二条第二項の用語によれば、災害補償の「事由」とは労働基準法第七五条乃至第八一条に定められた、補償を与うべき各個の場合に外ならない。とすれば災害補償と民法上の損害賠償とが「同一の事由」であるということは、単に同一の災害から生じた損害であることを指すものではなく、災害補償の対象となつた損害と、民法上の損害賠償の対象となる損害とが、同質同一であり、民法上の損害賠償を認めることによつて二重の填補を与えられる関係にあることを指称するものと解すべきである。されば控訴人の見解のように、各種の災害補償のなされた金額を合計し、その合計額の限度で使用者は民法上の損害賠償義務を免れるものと解することは勿論許されない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-慰謝料〕
 労働基準法による災害補償は、労働力の回復と労働者もしくは遺族の生計維持を図るため、労働者もしくは遺族に対して、その被つた積極的な財産上の損害(療養補償、打切補償、葬祭料)及び消極的な財産上の損害(休業補償、障害補償、遺族補償)を填補することを目的とするものであつて、精神上の苦痛に対する慰藉を目的とするものではなく、非財産上の損害については触れるところがないのである。されば、使用者は、不法行為による損害賠償としての労働者もしくはその親族に対する慰藉料支払義務については、労働基準法による遺族補償や葬祭料の支払を行つたとしても、その価額の限度において免責を得られる理はない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-慰謝料〕
 死亡した労働者の遺族である相続人は死亡した労働者の有する労働者の喪失による民法上の損害賠償請求権を相続する(死亡した労働者の遺族であつて、その扶養に依存するものは自己の有する扶養請求権の喪失として損害賠償請求権を有するが、これは死亡した労働者の有する労働力の喪失による損害賠償請求権から派生するものであつて、結局前者は後者の中に吸収還元する)が、労働基準法による遺族補償も、死亡した労働者の有する労働力の喪失による損害賠償請求権を前提とし、遺族中労働者の収入によつて生計を維持した者にこれを与えようとするものであるから、二者は結局同一の損害の賠償に外ならない。従つて遺族補償の行われる限度において使用者は右民法上の賠償義務を免れるものと解するのが相当である。これに反し、労働基準法による葬祭料の支払は遺族の被つた積極的な財産上の損害に対する填補であつて、死亡した労働者の相続人が民法によつて賠償を求める労働力の喪失としての損害とは性質を異にし、同一の損害の賠償とみることを得ないから、労働基準法によつて右葬祭料の支払をしたことを以て、使用者はその免責を得られるものではない。