ID番号 | : | 05384 |
事件名 | : | 仮処分申請事件 |
いわゆる事件名 | : | ソニー事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 本件試用契約は正規従業員として不適当と認めたときは本採用を拒否しうるとする性格のものであり、ヒステリー性抑うつ症であることを理由とする本採用拒否は相当の理由を欠き、権利濫用として無効とされた事例。 |
参照法条 | : | 労働基準法2章 労働基準法21条 民法1条3項 |
体系項目 | : | 労働契約(民事) / 試用期間 / 法的性質 労働契約(民事) / 試用期間 / 本採用拒否・解雇 |
裁判年月日 | : | 1964年5月27日 |
裁判所名 | : | 横浜地小田原支 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和37年 (ヨ) 59 |
裁判結果 | : | 申請一部認容,一部却下 |
出典 | : | 労働民例集15巻3号582頁/タイムズ166号155頁 |
審級関係 | : | 控訴審/00187/東京高/昭43. 3.27/昭和39年(ネ)1400号 |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労働契約-試用期間-法的性質〕 まづ試採用契約の法的性質について考察するに、同契約はこれを一概に規整することは困難で、試用についての労使の合意慣行あるいは就業規則の型態等を綜合考慮し、これを具体的個別的に判断しなければならないことは申請人の所論のとおりである。本件の場合につきこれをみるに、〔中略〕試傭期間は昭和三七年四月一八日から同年七月一七日までとされ、同但書第三項によれば「所定の試傭期間終了までに従業員として不適当と認められた者は採用しないことがある」と定められているので、右文言自体からは試用期間を三ケ月とし、契約自体が試用についての契約であるということから、右三ケ月の期間が終了するまでの間に会社の正規従業員として不適当であると判断されたときは本採用としないことがあるということを規定したものと解せられるのであるが、そうだとすれば会社が正規従業員として不適格であると積極的に認定した場合についてのみ本採用とならない場合があるという趣旨に判断されるので、文言自体は本採用となるについてそれほど強い要件を定めたものと解せられないこと、さらに試採用から本採用となるについて格別の使用者側の積極的な処分(たとえば試験だとか適性検査など)ないしは認定行為を必要とする旨の規定がなにもないこと、賃金も試採用から本採用となつても採用初年度は従前どおりの賃金であることは被申請人において明らかに争つていないからこれを自白したものとして認定できること、さらに試採用期間中本採用とするに不適格と判定されない限り当然本採用となる契約であつたことは当事者間に争いないところであるので、結局以上認定の趣旨に照らして考えてみると、本件の場合における試用に関する契約はこれを独自の契約と解すべきではなく、契約自体は当初から期間の定めのない一個の労働契約が存在しているが、ただ当初三ケ月の期間についてだけ、使用者がその試採用者を会社の正規従業員として採用するのに不適当と認めた場合には、就業規則の制約なく(A株式会社厚木工場就業規則第二条第四五条参照)一方的に本採用を拒否し当該労働契約を消滅させることができることを内容とする権利を使用者側に認めた趣旨の契約というべく、したがつて申請人は右三ケ月の期間内に本採用とされない旨の積極的認定をうけない限り当然本採用となる身分を取得しうべき地位にあつたものといわなければならない。しかして使用者のなす右本採用拒否の処分は当該労働契約を終局的に消滅させるという法律効果をもつものであり、右の法律効果自体に関する限りはその効果は解雇の場合と異なることがないので、その性質に反しない限り解雇の場合におけると同様の法的考察をなす必要があるものと解する。したがつて会社が当該試用者を本採用とするのに不適当と判断して本採用を拒否するにあたつてはもとより恣意の認定は許されず、本採用を拒否するについて相当の理由がない場合は権利の濫用として無効となり得るといわなければならない。 〔労働契約-試用期間-本採用拒否・解雇〕 (3) 権利の行使は信義に従い誠実になすべきことは法律の定めるところであり、このことは労働法の分野においても妥当するものというべく、ことに労働者を解雇することはその生活手段をうばい、理由によつては将来を含めて当人に致命的な打撃を与える場合もあり得ることを考慮しなければならない。と同時に使用者としても企業の合目的的な遂行をはかるため労働者をその企業から排除しなければならない場合もありうることは多言を要しないことであるので、解雇においては特にその理由ならびに労使双方の事情を慎重に考察しなければならない。このことは試採用者の本採用を拒否する場合においてもその試採用契約の内容によつて差異があることは別として、終局的にこれを異別に解すべきではないことはすでに説示したところからも明らかである。 本件の場合において被申請人会社が申請人を本採用とするに不適当と判断するにいたつた経過はすでに認定したとおりであり、被申請人会社がその掲げる理由をもつて申請人の本採用を拒否するにいたつた経過は以上認定の趣旨を綜合してみると首肯するに足る面がないではないが、しかし本件試採用契約の趣旨を前記のように解しその本採用を拒否するに足る理由として考えられるべき基準を前記説示の趣旨に解する場合に、申請人のおしやべりだとか作業上の以上に認定した程度のあやまりを理由に本採用を拒否することはその理由としては到底首肯することができないし、また被申請人の精神的疾患の有無についても、証人Bは分裂気質も単に人の精神面における性格傾向をあらわすだけの意味を有するだけで病気ではないという意見をのべているし、又C医師は申請人に対しヒステリーと診断したが、上記のとおり僅か三〇分の問診を経たのみであり、前掲甲第三九号証ならびに証人Bは、申請人がヒステリーと診断されたとしても、その状態は一過性のものとみられる条件があり、その程度も病気といえるほど重いものでなく軽いものであつたと思われるとの意見をのべているので、以上認定の経過と右B医師意見ならびに申請人本人尋問の結果を綜合してみると、本採用を拒否された当時の申請人の精神面は特にこれを病気とするほどのものではなく、いわゆる通常の意味の一過的なヒステリー状態ないしは精神面身体面の不安定な状態から来る精神的な偏向状態を示しておつたに過ぎないものと推認されるのである。したがつて被申請人会社が申請人を以上認定した程度の資料をもつてこれを病気ないしは加療を要する疾患として扱い、しかもその点を主要な実質的な理由として本採用を拒否したことはいささか軽卒であつたとの批判も免れないし、ことに本採用を拒否することは前記説示のとおり解雇と変るところがないので、以上認定した程度の申請人の作業ないしは生活態度、その性格ないしは精神状態を理由に申請人の本採用を拒否することは、その実質的理由においても首肯することができないし、その手続面においても前認定のとおり申請人を精神病として扱いこれを保護者に告知するような顕著な瑕疵が認められるので、結局被申請人が申請人に対して本採用を拒否したことは相当の理由を欠くものと断ぜざるを得ない。果して然りとすれば、本件本採用拒否の理由が人の精神面に関することであり、ことに申請人が思春期の形成途上の過程にある少女であるだけに、それが解雇に結びつくときの精神的打撃は推測するに難くなく、被申請人の申請人に対する本採用拒否の処分は社会一般の通念に照らして是認することができず、権利の濫用として無効であると言わざるを得ない。 (4) よつて申請人の他の主張について判断するまでもなく以上の点において申請人の主張は理由があることに帰する。しかして申請人は前記のように本採用となることを拒否されない限り昭和三七年四月一八日より三ケ月を経過した同年七月一八日をもつて本採用者としての身分を取得すべき地位を有していたものであるところ、前認定のように被申請人の申請人に対する本採用拒否の処分は無効であるから、申請人は同年七月一八日以降本採用者としての身分を取得したものと言わなければならない。 |