全 情 報

ID番号 05428
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 日本クリーナー事件
争点
事案概要  起訴休職処分が公序良俗に違反するものとはいえず、その間の賃金請求権は発生しないとされた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
民法536条2項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 休職処分・自宅待機と賃金請求権
休職 / 起訴休職 / 休職制度の効力
裁判年月日 1965年11月26日
裁判所名 横浜地
裁判形式 決定
事件番号 昭和40年 (ヨ) 532 
裁判結果 申請却下
出典 労働民例集16巻6号1002頁/タイムズ185号179頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔休職-起訴休職-休職制度の効力〕
 被申請会社就業規則第三五条は、休職をなす場合の基準およびその期間を定めていて、その第三号には休職事由として「法令により拘禁又は訴追された時」と規定されているところ、申請人等は右条項は従業員が法令による拘禁のため労務の提供が事実上不能な場合にのみ限定適用さるべき旨主張して、申請人両名の身柄が前記のように既に保釈により釈放され、労務の提供が可能となつた後になされた本件各休職処分はその理由を欠き無効である旨争うが、然し右条項は、その文詞自体に徴しても、拘禁により従業員を就労させることが事実上不能である場合にのみ限定して適用さるべきものではなく、仮令従業員に就労させることが可能であつても、刑事事件に関し起訴され、すなわちその犯罪の嫌疑も当初における捜査機関の単なる主観的な域を超える客観的なものがあるとして公訴の提起があつた場合その公訴事実の内容如何によつては、審理に応ずる当該従業員に相当な精神的および物質的負担を与えることは疑がなく、これがためその職務遂行に直接、間接の支障を来たすおそれがあるし、職場の秩序維持や被申請会社に対する社会の信用にも好ましくない影響を及ぼすことが十分予想され、引続き就労させることが適当でないと認め得られるものがあるから、起訴自体により当該従業員を休職させる旨の規定に合理性を欠くわけがなく、この規定を適用して就労禁止の措置に出ることは休職処分の目的、性格に照らし何ら悖るところはない。もとより申請人等のいうように、刑事裁判における被告人は有罪判決の宣告があるまで無罪の推定を受けるものではあるが、右は刑事裁判における人権保障の思想の一つとして形成された原理であつて、刑事訴訟手続上にあまねく妥当する原理であるけれども、未だ一般社会生活関係の面においてまで例外を認めない程の原則となつているものとも認め難いし、また休職処分は一つの不利益処分ではあつても、後に述べるように懲戒処分における停職処分乃至出勤停止処分とは異なり、如何なる意味においても該処分事由に関し該処分に付せられた従業員を非難するという意味を含むものでないことに思いを致せば、訴追をもつて休職処分事由とした前記条項を違法無効のものとするにあたらない。そして申請人両名が前記のように訴追され、その公訴事実は別紙記載のとおりであつて、右公訴事実の内容をも斟酌すると、右訴追の事実につき前記条項を適用して申請人両名を休職処分に付したことは、規定本来の目的に合致し社会一般の通念に照らしても当然至当の措置として容認されるところであつて、決して非難されるべきものでないから、前記身柄釈放の事実は本件各休職処分の有効性に影響を及ぼさず、また申請人等主張のように公序良俗に反する無効なものということもできない。
〔賃金-賃金請求権の発生-休職処分・自宅待機と賃金請求権〕
 賃金請求権の有無そこで進んで、以上の如き適法な休職処分による休職期間中の賃金請求権の有無について検討するのに、この点に関する被申請会社就業規則には、特に休職期間中の賃金の支給について定めた規定はなく、その他これについて特別の合意あることの疎明もない。ところで元来労働(雇傭)契約は有償双務、諾成契約たる性質をもつものであるから、特に異なる合意がない以上、契約(合意)と同時に労働者はいわゆる基本債権としての賃金債権を取得するものであるが、然し具体的な賃金請求権は労務に服することによつて始めて生ずるものであり、ただ使用者の就労拒否(受領拒絶)によつて就労不能が招来された場合においては、それが使用者の責に帰すべきものであり従つてまた労働者の責に帰すべからざる場合においてのみ、民法第五三六条第二項の規定に従い、なお賃金請求権を失わないものと解される。この観点に立つて休職処分についてみるのに、休職処分も一つの就労を拒絶禁止する処分ではあるけれども、懲戒としての停職処分や出勤停止処分のように従業員の責に帰すべき違法行為を原因としてその責任追究のためになされるものではなく寧ろかかる違法性乃至責任性という価値評価を捨象しその限りにおいては没価値的な事実に基づき、従業員をして就労させることが不能であるか若しくは適当でない場合に、その事故の期間一時的に、当該従業員に対し従業員たる地位を現存のまま保有させながら就労を禁止する処分であるから、従業員としては該処分によつてその期間中労務を提供しなくとも、その責を従業員に帰することはできず、従つて右不提供による債務不履行の責任を負担しないという意味においては、休職処分は一面従業員に対し労務の提供義務を免れさせるものであるけれども、また他方使用者がかかる処分に出ることによつて従業員の就労を拒絶禁止することが正当なものと社会通念に照らし認め得る場合においては、使用者は民法第五三六条第二項の責を負わないものと解するほかはなく、したがつて従業員において労務に服しない以上、労働(雇用)契約の本質により従業員は使用者に対し賃金請求権を取得しないものといわねばならない。これを本件についてみるのに、申請人両名には前記就業規則所定の休職事由該当の事実が存し、そして該事実について被申請会社が前記休職規定を適用して申請人両名を休職処分に付したことは、社会一般の通念に照らしても容認され、正当適法なものであることは先に述べたとおりであるから、被申請会社にかかる処分に出でたことについて不利益をうける責任はなく、従つてかかる場合においてもなお賃金を支払う旨の恩恵的な特別の定めのない本件においては、被申請人は申請人両名に対し休職期間中賃金支払義務を負担しないというべきである。