全 情 報

ID番号 05453
事件名 退職金支払請求事件
いわゆる事件名 朝日火災海上保険事件
争点
事案概要  退職金算定の基礎としての「本俸月額」の意味について、ベースアップ分は算入しないという取り扱いとなっていたとされた事例。
参照法条 労働基準法24条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 1990年6月25日
裁判所名 神戸地伊丹支
裁判形式 判決
事件番号 昭和58年 (ワ) 124 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1415号9頁/労働判例580号48頁
審級関係 控訴審/大阪高/平 3. 3.19/平成2年(ネ)1403号
評釈論文 新谷真人・労働法律旬報1272号33頁1991年9月25日/野田進・ジュリスト1014号149~152頁1992年12月15日
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 以上によれば、被告会社と組合との間においては、昭和五四年度本俸の増額は、同年度退職者の退職給与算出基礎には算入しないとの前提のもとに合意されたものであり、昭和五五年度本俸の増額は、その退職金はね返りについて、昭和五四年度引き上げ額の取り扱いと合わせて、退職金制度改訂協議の中で労使協議決定するとの前提のもとに合意されたものであって、被告会社が右各年度の本俸の増額を非組合員である原告に適用するに際しても、右各前提のもとに適用したものであって(被告会社が非組合員にのみ無前提で適用したとは考えられず、また組合がそのような適用方法を容認していたとも考えられない)、原告も右事実を認識しながらその適用を受けたものというべきであるから、その結果原告に支給されることとなった右各年度の本俸は、退職金算出の基礎としては、右各前提に服するとの性質を有していたものといわなければならない。
 四 そこで更に、前記各前提に含まれる労使間の退職金制度改訂協議の推移を検討すると、〔中略〕
 1.被告会社と組合は、前記賃金体系改訂後の昭和五七年度の賃金交渉においても退職金制度改訂協議を継続したが、結局同年度中には完全合意に達せず、原告が退職した後の昭和五八年五月九日に至り、退職手当規程の基準支給率を従来の「三〇年勤続・七一か月」から「三〇年勤続・五一か月」に改定するとともに、昭和五八年度以降の退職金算出の基礎額については、昭和五八年四月一日以降従業員各人に定められた基本給(本人給+職能給)として支給される金額全額とし、現行退職手当規程の「本俸」は「基本給(本人給+職能給)」と読み替える旨合意し、昭和五八年七月一一日、その旨の協定書(労働協約)に調印したこと
 2.また被告会社と組合は、これと同時に、労使間の確認事項として「退職金の算出基礎について、昭和五四年度ないし同五七年度の賃金交渉の中で各年度の本俸(基本給)アップ分については退職金算出の基礎額には算入しない旨毎年合意をし、その通りの扱いをしてきたところである(各人の昭和五三年度本俸で固定し、それを算出基礎額としてきた)。しかしながら、本協定書締結に伴ない昭和五八年度以降の退職金算出の基礎額については、昭和五八年四月一日以降従業員各人に定められた基本給として支給される金額全額とする。これにより、昭和五三年度本俸に凍結されるという措置は解消する。」と記載した付属覚書にも調印したこと
 の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
 以上によれば、被告会社と組合は、昭和五八年七月一一日、昭和五四年度から昭和五七年度までの退職従業員については、昭和五四年度以降の本俸の引き上げ額を右各年度退職者の退職給与算出基礎に算入しない旨最終的に協議決定したものというべきである。
 そして、前述のとおり、被告会社と組合との間においては、昭和五四年度及び昭和五五年度の本俸増額は、その退職金はね返りについて、退職金制度改訂協議の中で労使協議決定するとの前提のもとに合意されたものであって、被告会社が右各年度の本俸の増額を原告に適用するに際しても、右前提のもとに適用したもので、原告もこれを認識しながらその適用を受けたものであるから、右協議決定自体が原告の退職後になされたとしても、それは、原告に支給された右各年度本俸の退職金算出基礎としての性質に当初から含まれていた前提が、たまたま原告の退職後に現実化したものにほかならず、これをもって原告が既に確定的に取得していた退職金請求権を遡及的に奪うものと見ることはできない。
 したがって、原告としては、前記協議決定の内容どおり、昭和五四年度以降の本俸の引き上げ額が自己の退職給与算出基礎に算入されないことを受忍しなければならないものというべきである。