全 情 報

ID番号 05531
事件名 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 ブラザー陸運事件
争点
事案概要  貨物運送業を営む会社で大型貨物自動車の運転手として勤務する労働者が、会社が実労働時間によらずに一定の計算式と行先別の「セット時間」によって決まる手当を支給していたのに対して、右手当の支払いでは割増賃金に未払い分があるとして右未払い分の請求をした事例。
参照法条 労働基準法37条2項
労働基準法32条
体系項目 賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定基礎・各種手当
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定方法
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 手待時間
裁判年月日 1991年3月29日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和56年 (ワ) 2187 
裁判結果 一部認容,一部棄却(控訴)
出典 タイムズ760号163頁/労働判例588号30頁/労経速報1446号8頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念-手待時間〕
 (2) 原告らは、原告Xの労働実態を示すものとして、〈証拠〉を提出し、セット時間が大型運転職にとって有利でないと主張するが、
 〔中略〕
 時間外及び深夜各労働時間は概ね下記表の「原告提出書証分」記載(略)のとおりで、セット時間と比較すると、セット時間の方が労働実態から算出される時間外及び深夜各労働時間を相当上回っていること並びに荷積み、荷降しなどの作業の多くが所定労働時間(午前八時三〇分から午後五時三〇分まで)内に行われていることが認められる。なお、〈証拠〉分の時間外労働時間が長いのは休日労働が含まれているため
 〔中略〕
 である。
 右表の労働時間を出すについては休憩及び仮眠時間
 〔中略〕
 大型運転職の場合、通常自動車運転席の後部に設けられた仮眠設備で仮眠していることが認められる。)を除いているが、右時間帯といえども、運転手は車両や積荷の盗難そのほかの事故防止等のため車両を管理していることが必要であり、この点を重視すると、これらも労働時間とみる余地もある。しかし、
 〔中略〕
 休憩あるいは仮眠をするにあたって、特に当該車両との場所的な拘束性は与えておらず、運転者には車両から離れるときは、積荷の安全状態を点検し、エンジンキーをはずし、ドアの施錠を確実にする等、運転者としてなすべき基本的注意義務を怠らないよう指示する程度であったこと、積荷には劇毒物等の有害危険なものを扱っていないことが認められ、また、車両の管理方法について厳格な定めがあって、それを怠った場合には重い制裁を科するような規定の存在も認められないことに照らすと、右時間帯を直ちに労働時間とみることはできない。また、仮眠の場合、前記のような状態での仮眠という制約はあるものの、その間に従事すべき労働はなく、運転業務から解放されているので、それは労働時間ではないと解すべきである。また、仮眠時間といっても、荷受先あるいは荷降先での荷受時刻、荷降時刻まで待機している時間という意味合を含むのではないかという点についても、その時刻が明白である以上、それまでは労働から解放されていることになるから、やはり労働時間とみることはできない。
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定方法〕
 〔中略〕
 セット時間は、昭和四八年一二月二〇日、昭和五六年七月二一日と改定され、時間外及び深夜各労働時間が原則として順次減ってきており、例えば仙台行先の場合を例にとると、前者が一六時間、一四時間、八・五時間と、後者が一四時間、一一時間、八・五時間と推移していること、これらの改定は道路事情の改善に由来することが多いが、昭和五六年七月二一日の改定は、その点よりもむしろ労働基準監督官の前記是正勧告により、被告は計算式の変更を余儀なくされ、そのため、セット時間を、従前よりも一層労働実態に近づけるために行われたことが認められる。
 以上の事実に照らすと、昭和四八年一二月二〇日に改定されたセット時間数は、現実の時間外及び深夜各労働時間を上回るものと言わざるを得ない。
 (二) 貨物運送事業において運行系統別に複数の路線がある場合には、当該行先別の標準労働時間を定めて運用する例が多い。これは、自動車運転者の労働時間は事業所外労働が主体であるだけに事業場内での労働時間のように管理者がそれを的確に把握することが困難であることのほか、道路事情、高速道路の状況、交通渋滞などの問題があって必ずしも現実の労働時間の算定が容易でないことに由来すると考えられ、被告においても、このような観点から行先別のセット時間及び計算式を併用したA方式とよばれる独自の方法を採用して割増賃金を算定してきた。原告らは、本件において、右方法のうち、後者の計算式には割増賃金の基礎賃金として本来算入すべき諸手当が考慮されていないとして、労基法上算入を必要とされる手当の算入を主張したうえで、セット時間の方はそのままにし、それをもとに割増賃金の支払を求めている。
 しかし、本件においては、右(一)のとおり、セット時間は現実の時間外及び深夜各労働時間に比してかなり長く、また、その誤差は合理的と認められる範囲内にあるとは認め難いので、セット時間をもって実労働時間とみなすべしとする原告らの主張は失当であるし、A方式の一方の柱であるセット時間だけを取り上げて、それを割増賃金の前提とする労使の慣行が存していたとする主張も理由がない。
 被告が主張する実労働時間はタコメーター及び乗務記録表を照合したうえで実ハンドル時間を算出したもので、実ハンドル時間以外のいわゆる手待ち時間、荷物の積み込み、荷降し時間など労働時間と目すべき時間が考慮されていない
 〔中略〕
 が、実労働時間は元来原告らが主張・立証すべきものであるのに、それが本件ではなされていない以上、労基法の定める方式により割増賃金の算定をするにあたっては被告の主張する実労働時間を基礎とせざるを得ない。
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定基礎・各種手当〕
 被告は、割増賃金の算出方法であるA方式が合理的なもので、しかも原告らが所属する本件組合の承諾を得て実施されているものであるから原告らに対し不払の事実はないし、また、不払があるとして本訴請求をするのは信義則違反であると主張する。しかし、労基法三七条の制度趣旨に照らすとA方式について所属組合の承諾があるからといって被告の原告らに対する割増賃金の支払義務を免れると解することができないのみならず、前記認定のとおり、本件組合がA方式のうちの計算式についての問題点に気づいたのは昭和五三年六月ころで、それまでは右計算式の存在すら知らなかったことが窺えるから、被告の右主張が失当であることは明らかである。