全 情 報

ID番号 05567
事件名 公務外認定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 地公災秋田支部長事件
争点
事案概要  高血圧症の基礎疾病を有していた五二歳の小学校教諭が、学年部会に出席中に脳卒中で倒れ死亡したことにつき、遺族が公務災害ではないとした地公災支部長の不支給処分を争った事例。
参照法条 地方公務員災害補償法31条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 1991年6月19日
裁判所名 仙台高秋田支
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (行コ) 5 
裁判結果 控訴棄却
出典 タイムズ772号185頁/労働判例603号68頁
審級関係 一審/05095/秋田地/昭61.12.19/昭和55年(行ウ)12号
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 当裁判所も、次のとおり付加、補正するほかは原判決の説示と同じ理由により、控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断するので、ここにこれを引用する。〔中略〕
 脳卒中発症の原因としては、基礎的疾患としての高血圧と、第二次的にこれに伴う脳血管疾患が挙げられるが、右基礎疾患と第二次疾患の双方とも、患者本人の遺伝的素質、食生活、気候、精神的疲労、ストレスなどの諸要因が相互に作用して発症、増悪することが認められる。しかして、Aがかかる脳卒中(脳橋部出血)発症の大きな要因である高血圧症に罹患していたのは前記認定のとおりであるが、控訴人も右の罹患そのものが業務から生じたと主張しているわけではないので、同人の死亡に業務起因性があるかどうか、即ちその公務と死亡との間に相当因果関係が認められるか否かを判定するに当り、Aの公務の遂行が脳卒中(脳橋部出血)による死亡そのものの唯一ないし絶対的な原因であると認めうる場合、換言すれば公務遂行中これに関連して時間的場所的に明確にしうる異常な出来事が生じ、これのみが死亡の原因となっている場合であれば、立法当初の趣旨、目的に最も適合するのでこれを肯定し易いわけであるが、現在においてはこのような場合に限らず、他にも原因と目しうるものが存在していても、日常業務に比較して質的量的に異常と評しうるほどに過重な公務を課せられ、それによる過度の精神的、肉体的負荷が相対的に有力な原因となって自然的な進行以上に同人の高血圧症を増悪させて脳卒中(脳橋部出血)の発症を惹起したと認めうる場合もこれを肯定してよいと考える。また、右の意味での過重な業務が日常化し、従って相当期間継続していた場合も固より同様に解すべきである。右二つの場合を通じて、過重な公務を課された最後の時と病変発症の時との間に日時の経過がある事例においては、この間隔が長くなるほど因果関係の存在を肯定し難くなるのは否めないところであるが、右公務による負荷と発症との間に前記趣旨の医学上の結びつきが認められる限り、右期間を数日ないし一週間程度に限定して、これを超えるものすべてを救済の対象外とするのは妥当でないと考える。〔中略〕
 結局夏休期間中右の拘束を受けない日が発症前日まで休日を含めて一九日間あったのである。そして、Aが夏休期間中に終日自宅にいたのは一一日間あり(外に川口市へ夜行列車で出発した日、同市から夜行列車で早期帰秋した日がある。)、この一一日ないし一三日間は拘束されることなしに精神的にくつろいだ状態で過しえたのは明らかであり、精神的、肉体的疲労やストレスがあったとしても回復に適した環境下にいたのである。Aは自宅研修日等のうち四日間は埼玉県川口市で行われた作文教育研究会に往復とも夜行列車利用という日程で参加しているが、これは同人が長年携わってきた作文教育という分野の研究会への自主的参加であるから、過度な精神的疲労やストレスが蓄積するような性質のものではなく、二日間参加した算数教室も同様であり、また、疲労の蓄積を自覚していたとしたら、右の如き日程は自身で避けたとも考え得るのである。これらの活動が公務に準ずるとみなし得るとしても、任命権者から拘束され、その指示に基づいて行う日常業務に比べて精神的疲労、ストレスが生じる度合には雲泥の差があるのは明らかである。その年の夏は例年にない酷暑であったが、“北国である大館地方としては”との限定句付程度のものであるほか、一番気温の高い七月下旬から八月上旬は夏休期間中であり、殊に本発症前数日間は雨が降ったりして気温が下がっているので、右の暑さが高血圧を増悪させたとか、夏休みに入る前に生じたかもしれない疲労の回復を妨げたとは到底考えられない。
 加うるに、〔中略〕一般生活でもストレスは生じるのであって、これに対する生体反応にも、また脳血管疾患の発症にも著しい個人差があり、ストレスや過労と脳血管障害との関連、これを引起こす仕組や筋道などについて医学的に未解決な点も多いことが認められる。
 これらの事情に鑑みれば、Aの本小学校での右全期間における日常的な公務が、同人の高血圧症を自然的進行を超えて増悪させるもの、即ち長期間にわたって過度に精神的緊張を伴う過重なものであったと認めるのは困難である。〔中略〕
 Aは一〇年来の高血圧症であって、高血圧の治療としては早期に降圧剤等の服用をすることが有効であると考えられているが、同人は、昭和四九年にB医院で薬物療法を受けるまでは治療を受けたことがなく、同医院で何回か降圧剤の服用を受けては止め、かかる経過ののち昭和五三年二月頃には頭重感、肩凝り、めまいなどの高血圧症の自覚症状を訴えるようになり、C医院で降圧剤の投与を受けて短期間に顕著な降圧効果を得たのに、同年三月を最後に同医院への通院を止め、以後降圧剤を服用せず、再び血圧は高い数値に戻っているのである。
 してみると、Aの本発症については、同人が長年にわたり罹患し、治療不十分なままできた高血圧症が、自然増悪の状態にあって脳血管の病変を形成し、それが進展して脳底動脈の橋枝の破綻を来して脳橋部出血を自然発症させたものであり、たまたま公務遂行の機会に生じはしたが、右死亡が同人の公務に起因するものと認めることはできない。