全 情 報

ID番号 05659
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 千代田亜鉛・東京電力事件
争点
事案概要  製鉄工場に勤務する電気係員が工場内にある六六、〇〇〇ボルトの碍子型油入り自動遮断器の故障の修理のため接近したところ爆発により死亡したことにつき遺族が右会社および電力会社を相手どって損害賠償を請求した事例。
参照法条 民法717条
民法709条
労働基準法89条2項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / 労災上積み補償・特別補償協定
裁判年月日 1973年12月3日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和42年 (ワ) 7531 
裁判結果 一部認容,一部棄却
出典 タイムズ310号281頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 本件遮断器自体も、総重量四・五トン、その一基の高さは約五メートル、横約一・四メートル、縦約一・二メートル(三基併せると横約五・二メートル、縦約一・四メートルとなる。)の容量を有し、その他比率差動継電器(RDF)、過電流帯電器(OOR)、過電流接地継電器(OOG)等の付帯機器ならびに前記五、〇〇〇キロボルトアンペア変圧器(TR)三基、計器用変成器(MOF)(ただし、上記変成器のみは被告東京電力の所有)、計器用変圧器(PT)、同変流器(CT)、線路開閉器(LS)、避雷器(AL)等受電所内に設置された諸機器と一体となつて設置されており、一旦設置されれば容易にこれを取はずし或は移動することは困難であることが認められるばかりでなく、現に被告Y1会社においても本件遮断器を設置以来本件事故発生に至るまでの八年の間引き続き移動させることなく使用していたものであることは前認定のとおりである。しかも、〈証拠〉によれば、本件遮断器の如く碍子型のものは、同じ油入り遮断器のタンク型に比して消費用に使用する油の量は少なくて済むものの、なお少量とはいえ可燃物たる油を使用する点において、消弧媒体として油を全く使用しない空気型、磁気型遮断器の如く爆発、火災の危険性を全く有しないとはいえない(現に、本件事故はその危険性が現実化したことを明らかにしている。)ことが認められる。
 したがって、本件遮断器は、土地の定着性においても欠けるところはなく、また民法七一七条の根本義とする危険責任の理念からも同条にいう土地の工作物にあたると解するのが相当である。〔中略〕
 遮断器は、電力系統(回路)に地絡や短絡事故が生じたとき、速やかに可動後触子を駆動開放して、右事故に伴ない流れる過大電流のアーク放電を消弧し、事故の生じた電力回路を他の回路から切り離して、他の機器や事物への危害を最少限に喰い止めるために用いられる保護装置であり、しかも電力系統の最終の保護器でもあるから、正常時には比較的長期間静止の状態に放置されることが多いにも拘らず、一旦事故が生じた場合には迅速、確実に作動する機能をそなえなければならない。
 したがつて、右認定事実に照らせば、本件事故に際して、本件遮断器がその本来要求されている機能を発揮し得なかつたことは明らかであるから、本件遮断器には民法七一七条所定の保存の瑕疵ありというべきである。〔中略〕
 被告Y2会社A給電所給電指令員BおよびCより電話を受けた同給電所員(氏名不詳)は、各通語内容により被告Y1会社D工場一次側の本件遮断器が遮断(開放)不能に陥り危険な状態にあることを知り、また容易に知るべきであつたのであり、したがつて速やかに緊急停止の措置を講ずべきであつたにも拘らず、徒らにこれをちゆうちよして時間を空費した過失を免れない。〈証拠〉によれば、A給電所給電指令室からE変電所に対する緊急停止の操作指令に基づき、実際に送電が停止されるまでに要する時間は一分を要しないことが認められるから、右指令員らが速やかに緊急停止の措置をとれば、本件事故を招来しなかつたことは明らかである。よつて右指令員らの過失により本件事故が生じたというべきである。
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-労災上積み補償〕
 被告Y1会社規則第三九条は「災害補償は左の六種とする、但何れも業務上の災害を謂う」として、その第四号は「遺族補償 平均賃金の千日分」と定めていることが認められるが、右条項は同条の第一ないし第三号、第五、第六号の各文言と対比すると、労働基準法七九条、旧労働者災害補償保険法(昭和四〇年法律第一三〇号による改正以前のもの)一二条一項四号をそのまま引用したものと解される。もちろん、かかる災害補償に関する受給規定を労働契約や就業規則をもつて定めることは法令に反しない限り差支えない。
 さて右就業規則三九条のような労働者の損害賠償債権条項は特別の事情がない限り労働契約にとりいれられたと推認すべきところ、右条項の対象となるのは、右のような引用からみて労働基準法所定の使用者の無過失災害補償義務についてだけであつて、民法七一七条を含む不法行為にもとづく義務についてではないと解される。すなわち右就業規則三九条四号の趣旨は、労働者の遺族が、当該労働者と使用者との間に労働契約の存在すること、当該労働者が業務上死傷したこと、その平均賃金額を主張立証すれば、使用者の保護義務違反等を主張することを要せず、右就業規則所定の遺族給付を当然請求できるが、その金額は平均賃金の一、〇〇〇日分に制限され使用者はこれに対し帰賃事由なき旨の抗弁を許されない、というにすぎず、労働者の遺族が土地の工作物の瑕疵等不法行為の成立要件を主張して損害賠償を請求する場合もその債権額が平均賃金の一、〇〇〇日分に制限されるというものではない。もしそうでないとすれば、本件の如き場合はもとよりのこと、使用者が故意又は過失により労働者を業務上死亡させた場合にも僅か一、〇〇〇日分の平均賃金を支払えば一切の損害賠償義務を免れるというに帰着し、近時この種事案につき妥当と解される損害額に比し甚だしく低額に失するのであつて、使用者が右条項を不法行為上の損害賠償義務にまで適用させる意思でこれを制定したとみることも、右適用が労働者の意思を媒介として労働契約の内容となつたとみることも、著しく不合理となるからである。
 しかも右就業規則にいう「遺族」とは、労働基準法施行規則四二条ないし四五条、現行労働災害補償保険法一六条の二所定の遺族を指称すると解されるが、右は民法上の相続人とは必ずしも一致しない。現に〈証拠〉によれば、亡Fの死亡に伴なう遺族補償年金の保険給付は、亡Fの相続人たる原告が六〇才未満で、かつ亡Fと生計を一にしていなかつたことにより、同人の妹Gに支給されていること、ただし、当初は請求者の希望により現行労働者災害補償保険法附則四二条に基づく一時金として亡俊也の平均賃金四〇〇日分である三八七、六〇〇円が支給されたことが認められるのである。この点からみても右就業規則三九条は原告の不法行為債権とは無関係の条項である。
 被告Y1会社の賠償額制限特約の主張は失当というべきである。