全 情 報

ID番号 05671
事件名 労災保険決定取消請求事件
いわゆる事件名 泥谷産業事件
争点
事案概要  使用者が、労災保険審査会のした災害補償の保険給付を認めない旨の処分につき争った事例。
参照法条 労働基準法9条
労働基準法8章
労働者災害補償保険法1条
体系項目 労基法の基本原則(民事) / 労働者 / 取締役・監査役
労災補償・労災保険 / 審査請求・行政訴訟 / 使用者の原告適格
裁判年月日 1956年11月17日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和28年 (行) 20 
裁判結果 認容
出典 労働民例集7巻6号1087頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-使用者の原告適格〕
 被告は原告が本件訴訟につき訴の利益ありとするが何等本件行政処分について権利を侵害された者でないから本訴請求の原告たる適格を有しないと主張するので按ずるに、労働基準法第七十五条以下で定める災害補償は近代産業が組織上複雑化され生産工程において労働者に災害発生するときは使用者側に設備或は労務管理に過失があつたことを証明することが不可能に近く、かつ災害危険が著しく増大していることよりして一旦業務上災害が発生するや直ちに本人或は遺族に対して使用者より治療費家族救済費を補償すべく設けられたものである。従つて使用者は右補償が労災保険により手続上の瑕疵で(例えば不実の告知保険料の怠納その他の手続上の瑕疵)給付を受けられないときは労働基準法にもとづき災害補償をなすべき義務があるが、右労災保険法上の補償がなされたときはその給付の限度において使用者の補償をまぬがれる(労基法八四条、労働基準法八四条以下同じ)ものなるところ、本件原告の審査官に対する審査請求は原告において利害関係を有するものとしてこれをなしたところ審査官はこれを認めずとの決定をなしたのである。そして右保険審査官の決定に対し不服を申立てうるものは受給権者は勿論のこと右利害を有するものと解するを相当とする。そして本件は原告に対しなされた保険審査官の決定につき、被告に審査を請求し、これにつきなされた決定(行政処分)に対し本訴請求をなすものであるから当然本件行政処分の違法を争いうる訴訟上の利益を有するものである。
〔労基法の基本原則-労働者-取締役・監査役〕
 被告は取締役が会社の業務を担当する場合は取締役の業務執行権の延長ないし補充と解すべきで、この場合たとい従前に労働者として会社との使用関係があつたとしても執行機関たる地位に就任するや否や従前の従属関係は遮断すると主張するので按ずるに改正前の商法(昭和二十五年法律第一六七号の改正前の商法-以下旧商法と称す)第二百六十一条によれば原則として取締役は各自会社を代表し特に定款或は株主総会で代表取締役又は数人の共同代表を定めない限り会社の業務を各自が執行しうることとなるところ、右の場合に業務執行権を有する取締役が同時に他方会社の労働者となつて使用従属関係に入るが如きは不可能の如きであるが、労基法又は労災保険法上の労働者とは労働関係の具体的実体的観点より考察を要求されるものであつていやしくも小企業体における会社にあつて主として労働に従事し取締役たる地位が単に名義上連ねているが如き場合においては右労基法上の適用をみてその就労関係につき保護を与え一旦災害発生したるときは直ちに企業体たる会社において、右労災保険法にもとづき救済をなすべきはその法の目的とするところである。したがつて右旧商法上の平取締役と雖もその業務執行権とは別に被傭者たる地位を有する場合ありと解するを相当とする。
 被告は又使用者たる地位を有する取締役が同時に労働者たる地位を有するが如き場合は労基法、労災保険法上の損害補償という観念は成立する余地がないと主張するので按ずるに右両法にもとづく労働者とは労働関係上実体的にその目的とせられた制度により保護をうけるべき就労関係者と解すべきであつてこの場合の労働者が会社の個々の業務をなしうるは論ずるまでもなく、この就労関係において災害発生したときはその当該労働者はその災害発生損害補償という点において会社の機関たる他の取締役と対立関係になりうるのであつて旧商法上の取締役においても右関係は肯認しうるものである。まして小企業体の会社にあつて右の如き災害が発生した場合右両法にもとづき直ちに労働者又はその遺族に救済を与えるが如きは法の目的に合するものといわなければならぬ。尤も被告の如きA・B・Cの小人数による共同事業における場合は各自が救済を考慮しなければならないのを、たまたま小人数による法人たる企業体にある場合は平常はその企業主たる利潤に均霑しながら災害発生にのみ労働者として補償をうけるが如きは権衡を失すると主張するが、小人数による企業体たる法人にあつてその中の一人がたまたま形式上取締役にすぎないときは平常においても一労働者としてのみの取扱をうけ、実体上取締役としての取扱をうけていない場合をいうのであつてこの場合においては平常にあつては企業の経営者たる報酬を得ていないのであるから(あくまでこの場合も実体上労働者としての地位及びその報酬をうけているのみである)、たまたま災害が発生して補償をうけるに至つても何等権衡を失することとならない。